それは普段通り、放課後の帰路を友人と連れ添い歩いていた時のこと。
視界の隅にカラフルな集団を捉え、その中に見覚えのある背中を発見した私は、急遽進行方向を定め直した。
「ごめん、ちょっと用事できちゃった。先帰ってて?」
「え? うん、いいけど…知り合いでも見付けたの?」
「そんなとこ!」
戸惑いながらも手を振ってくれた友人に軽くお礼を言って、別方向に進む足取りは軽い。
足音はなるべく立てないよう、それでも小走りに近づく。
賑やかな集団の中、一人だけ霞んだ存在感を放つその背後からぎゅう、と腕に抱き付くと、一瞬だけ跳ねた肩はすぐに落ち着いた。
「なまえ」
「偶然見掛けたから。びっくりした?」
「そうですね、それなりに」
「反応薄いなぁもうっ」
ぐりぐりと肩口に頭を押し付けて抗議すれば、呆れたような溜息を吐きつつも宥めるように撫でてくれる。
これだから好きなんだよなぁ、なんて一人にまにましていると、凍っていた空気が漸く動き出した。
「テ、テ、テテテツくんっ!? あの、そ、その子っ…」
「く、黒子っち…彼女いたんスか…!?」
「違いますけど」
「ただの幼馴染みですけど」
焦り始めた部活仲間らしき人達に冷静に返すテツヤの真似をしてみたら、軽く叩かれた。
その対応も彼らにしてみれば珍しかったようで、テツが女を叩いた…!、と衝撃を受けている色黒の彼は中々面白い顔をしていた。
まぁ、叩いたと言っても軽く触れるくらいのものだけど。
ただでさえ紳士的な幼馴染みが、本気で女に手を上げることなんて確実にない。
「お、おお幼馴染み、そっか…幼馴染み…いたんだ…」
「も、桃っちしっかり! 傷は浅いっスよ!!」
「おいテツー、何で今まで黙ってたんだよ」
「いえ、桃井さんのことだから知られているものだと…」
「まぁ学校ではあんまり関わらないからねぇ」
一応私も帝光中に通ってはいるが、部活も委員もクラスも違えば接点なんてほとんどない。
とはいえ、家は近いし物心がつく以前からの仲だ。仲は悪くないし、寧ろ私はテツヤが大好きだ。
休日は一緒に過ごすこともあるし、どちらかの親が不在の時は夕飯だって共にする。それくらいは親しい関係なわけで。
だから、というか。
金髪のイケメンに慰められている美少女に目をやりながら、内心嘆息した。
(桃井さつき…だっけ)
テツヤの話や、周囲の噂でも聞く名前なので覚えている。
話を聞く分には、彼女は彼女の幼馴染みとの仲を勘繰られることが多かったはずだけれど…噂は噂でしかなかったらしい。
(罪作りな奴め)
未だ抱き付いたままの男の頬をぶすぶすと突けば、何ですか、と嫌そうな声が返ってくる。
それでも振り払ったりしない優しさが、私も好きだから仕方ないんだけど。
「別にー。シェイク飲みたい」
「どうぞ」
「ん、ありがと」
躊躇いなく目の前に差し出された、バニラシェイクのストローに口をつけた瞬間、声にならない悲鳴が聞こえた気がしたけれど、気にしない。
見ない。知らない。聞こえない。そうやって牽制するのが一番、楽と言えば楽なのだが。
甘い甘いシェイクを嚥下して、ぺろりと唇を舐めながら顔を上げた先、真っ赤になった顔をショックに固まらせた美少女に、にこりと笑いかけてやった。
知らないふりなんて、ナンセンスだよねぇ。
「なまえ? どうかしましたか?」
「ううん? あ、そうそう、私ママさんに夕飯の買い出し頼まれてるんだよね。何か食べたいものある?」
「そういえば今日でしたか。特にないので、なまえの食べたいものでいいです」
「うふふーっ、優しいテツヤ大好き!」
少しだけ背伸びをして、隙だらけの頬に唇を押し付ける。
私達の間では珍しくないスキンシップも、他者の目にどう映るのかを把握していないわけもない。
それなのに平然としながら、人目がある場所では駄目です、なんて叱り方をするテツヤも、無意識に残酷で。
まぁ、だから、大好きなんだけど。
次に来る喧騒を予測しながら、私は密かにほくそ笑んだ。
奪った者勝ちよ
何にしろこの勝負、私が負けることは有り得ないのだ。
(テ、テテテツくんにっ…キッキキキッ……)
(おいさつき!?)
(も、桃っち生きてー!!)
(なまえ…わざとですね)
(うん? テツヤの無意識発言も効いたんだと思うよ?)
20130310.
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