その日の占いの結果は、行く末を示唆するようなものだった。



『今日の最下位はー…残念! 蟹座のあなた! 大切にしていたものを失ってしまうかも!? ラッキーアイテムは…』



芳しくないその結果に眉を顰めながら、ラッキーアイテムだけは確保したのはその日の朝のこと。
しかしアイテムが手に入らなかったわけではない。とりあえず命の危機は乗り切ったと、単純に考えて安心しきっていた。
占いの結果は頭に残っていたが、それ以上に思考を働かせなかったのは、つまりそれも運命というものだったのかもしれない。

否、全てを占いの結果に押し付けるのは愚かなことだ。天命を待つには、それなりの下積みがなければならない。
そんなことは疾うに解りきっていたことだった。そのはずだったのだから、愚かなことに変わりはなかったのだ。

何もかもを、忘れきっていたのだから。









付き合っている、人間がいた。

謙虚で優しく、暗いというわけでもないのに騒がしくはない。大概の人間が反感を持つらしいオレにも、屈託のない笑顔で話し掛けてくるその女子に、好感を抱いたのは早かった。
偶然同じクラスになり、偶然同じ委員に就き、共に仕事にする内に他愛ない会話を交わすようになったことで、仲が深まったのも当たり前の流れだったように思う。
みょうじなまえという女子は、特別目立ちはしないが気が利いていて、柔らかな空気を纏った人間だった。

それまで女子というものと深く関わることが少なかったオレには、別け隔てのないその性質がひどく新鮮で。
解らないことは素直に訊ね、噛み合わないことに驚きを見せても他を否定することだけはしない、そんな彼女を何時しか目で追うようになっていった。

話し掛けられれば、息が詰まるくらいに嬉しくなった。話し掛けて自然な笑顔が返ってくれば、それだけで部活にも普段以上に気合いを入れて取り組める。そんな単純な自分を知った。

どうして彼女だったかと訊かれれば、明確な答えはない。
ただ、彼女に惹かれたことでさえもきっと、運命なのだと思った。

三年のクラス替えで離れても、再び同じ委員に付けたのは幸いだった。
顔を合わせる時間は極度に減ったが、全くなくなるわけではない。関わりが絞られたにしろ、共に過ごした時間は少なくはなかったように思う。
それでも、もどかしさを感じることは多かった。自分と同じように彼女と関わり、仲を深める人間がいるかもしれない。そのことを思うと、胸騒ぎが止まなかった。

彼女が好きだった。気が付けば、それは当たり前の感情として己の中に居座っていた。
自然と、自分以外の誰にも見つかってしまわないことを、願うようになっていた。
胸を疼かせる笑顔も、耳に心地好い声も。真綿のような言葉の一つ一つですら、取り込んで自分のものにしてしまいたい、と。
そんな馬鹿な思考に囚われては、それを引き起こす感情に呆れもした。

最後の最後、タイミングが違えば、我慢が利かなくなったのはオレの方だったに違いない。
中学三年の冬の終わり、想いを吐露したのは彼女の方だった。

夢を見ているのかと思ったほどだ。
彼女のような人間が、オレの何に惹かれたのかが全く理解できなかった。
理解できず、けれどそれとは別の部分で、これ以上ない幸福を感じていたのも事実で。

今にも消え入りそうな声で、付き合ってほしい、と。そう絞り出した彼女に、それはこちらの台詞だと…確かに、そう思った。
優しい言葉を吐き慣れていない唇は空回りして、頷くことしかできない自分に落ち込んだことも覚えている。

思えばその時点でもう、過ちを犯していたのだろう。
唐突に訪れた、望んでいた事態に、混乱していたと言っても許されることではない。
付き合ってやってもいい、などと、まるで自分にその意思がないかのような言い方をした。そしてその後すぐに悔やみもしたはずだった。

どう考えたところで、彼女より自分の方が望みは強かったはずだ。
吐き出す言葉はその都度棘になり、引き返して自分の心臓を突いてきた。

たった一言の好意ですら彼女に返すことができない自分に、何度も頭を抱えて、次に会う時には素直に伝えようと、決心しては自分で打ち砕いてを繰り返し。
こんなことではせっかく与えられた好意もふいにしてしまう。そう危ぶみもしたのに、彼女はいつだって笑って、責めることもしなかった。
それが逆に苦しみを生みもしたし、愛されている優越に浸る原因にもなった。
それだけ何度も思考はループし、悩みは絶えなかったはずなのだ。



それなのに。
どうして、忘れていたのだろうか。

無機質な電子音が、遠くで響く。
身体の末端から凍えるような感覚と、心臓を握り潰されるような苦しみに目眩がした。



(もう、いい)



小さく、笑うような。鼻にかかった声で告げられた言葉を反芻する、オレの耳には切られた通話の名残だけが響く。



『私と、別れてください』



その言葉を、いつか耳にする未来を、恐れていたのはオレだったはずだ。

彼女の優しさや気遣いに甘え、居心地の好さに浸る内に忘れてしまっていたのだろうか。
目の前が闇に包まれるような感覚に、無意識に溜まっていた唾を飲み込む音だけがやけにリアルで。



『我儘に付き合わせて、ごめんね。でも、幸せだった。一年間付き合ってくれて、ありがとう』



我儘ばかりを言って、振り回したのはオレの方だろう。
幸せだったのがお前の方なら、そんな泣き出しそうな声なんて出さずに済んだはずだ。

もういい、と。それだけを残して、縋ろうとしたオレを初めてはっきりと彼女は拒んだ。



『さようなら、真太郎』



ざくりと、胸を抉るその台詞に、答えを紡ぐ猶与は与えられなかった。
否。与えられた猶与は既に、使い果たしてしまっていた。

途切れた携帯のディスプレイに並ぶ、数字の羅列を呆然とした頭で見つめ、漸くその意味を把握したところで時は既に遅く。
彼女の与えてくれた一年を、踏み躙り続けた罰は下された。

朝に聞いた占いの結果が、鼓膜に貼り付いて消えなかった。








青い春に恋をした




オレは、彼女の何を見ていたのだろうか。
たった一言、本音の一欠片も与えずに、泣かせることしかできなかったのなら。

20130305. 

[ prev / next ]
[ back ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -