※小学校中学年くらいです




特に用事もない日曜日、存分に惰眠を貪った後適当に起きて着替え、与えられた自室からリビングへと降ると、開いた扉の先でぴりぴりとした空気を漂わせながら向かい合う両親がいた。

叩きを右手に父を睨み付ける母と、両腕を広げて腰を落とす父。
その光景を数秒見つめて、状況把握に至らなかった私は仕方なくその場から近づかず、問い掛けることにした。



「…何してるの?」



傍目から見て、かなり怪しいよ?…とは言わないでおく。

たまにぶっ飛んだところもある両親だが根が悪いわけではないし、面倒事なら更なる面倒を引き起こしたくはない。
もう既に微妙な空気から悪い予感を感じながらも、私は私で逃げ道はなく、純粋な子供を演じることしかできなかった。

そんな疑問を放った私に、二人は揃って振り返る。



「聞いてよなまえちゃん!」

「聞いてくれなまえ!」



ハモった叫びに相変わらず仲良いなぁ…と頭の片隅で考えながら、うんうんと頷く。
聞くから、順番決めてください。

言葉にしなくてもその意思は伝わったのか、二人は特に揉めることなく交互に話し始める。



「お父さんったら、お掃除の邪魔するのよ! 雛壇を片付けようとしたら、立ち塞がって退いてくれないの!」

「邪魔じゃない! いいかなまえ、お母さんはなまえが早くに嫁に行ってもいいなんて言うんだよ! こんなに可愛いなまえがお嫁に行くなんて、耐えられないだろう!?」

「……うん。わかった」



またくだらない言い争いをしているわけか。
そんなことだろうとは思っていたけれど、朝から痛み始めた頭に軽く手をあてながら嘆息する。

いや、でも今回は正当な意見が判りやすい方か。



「とりあえずお母さんは雛壇片付けたらいいんじゃないかな」

「なまえーっ!?」

「さすがなまえちゃん解ってる!」



単に雛祭りが終わったのにいつまでも置いておくのはずぼらに見えてしまうんじゃないかという、ただそれだけを気にした結論なのだが。
嬉々として作業を始める母を背に、絶望したと言わんばかりの表情でしゃがみ込み、私の両肩に縋ってきた父には苦笑しか返せない。

愛されているのは嬉しいんだけど…ねぇ?



「なまえは、なまえはお嫁になんか行かなくてもいいんだよ! 一生家族三人で暮らせたらそれでいいじゃないか…!」

「嫌だわお父さん、そしたら可愛い孫の姿も見れないじゃない!」

「可愛い娘だけでいいじゃないか!!」

「駄目よう。それじゃあなまえちゃんが寂しくなっちゃうわ」



どうやったって私達の方が先に死ぬもの、とあっけらかんと宣う母に、返す言葉が見つからない。
確かに真理ではあるが、そんなあっさり言う台詞じゃないと思う。

しかしまだ食い下がろうとする父の手が私から離れた瞬間、今度はぎゅ、と腰に感じた圧迫感には驚いた。
反射的に首だけ振り向いた私の額が、待ち構えていたそれにこつりとぶつかると、赤い瞳が満足げに細まっていくのが視界一杯に広がる。



「せ、征ちゃん…いつからいたの」



全く気配に気付かなかった。
というか、ここは私の家なのだけれど。堂々と侵入してきたな。

少し前からいたよ、と、抱き付く力を強めながら笑う征十郎はご機嫌だ。
何かあったのだろうかと首を傾げようとしたところで、こちらに気付いた母がぱっ、と華開くような笑顔を浮かべた。



「あら征十郎くんいらっしゃい!」

「おじゃましてます」

「征十郎くん!? だと!?」



そしてあからさまに動揺する父は、もう既に征十郎を危険視している。
私の腰に回った腕と背後で笑う顔を見比べて、何か言いたげにしながらも言葉が出てこない様子だ。相当混乱しているらしい。



「なまえちゃんと遊びに来たの?」

「それもですけど…雛壇の確認に」

「や、やっぱり駄目だ! 片付けたら駄目だ! 今片付けたらなまえがかっ攫われる!」

「大丈夫。片付けなくてもかっ攫います」

「もっと駄目だ!!」



このやり取りにも慣れてきたなぁ…嬉しくないけど。

バチバチと見えない火花を散らせながら睨み合う父と征十郎に挟まれながら、私はそっと溜息を吐いた。
もう、私の意思が汲まれないのはいつものことだけれども。



「それで、征ちゃんは何しに来たの?」



とんとん、とお腹に回った腕を叩いて問えば、父から視線を外した征十郎がにこりと笑いながら首を傾げる。
その様は何も知らない人間が見れば可愛らしく映るが、本性を知る私からしてみればなんともあざとい仕種だった。

まぁ、可愛いのは可愛いんだけどね。
最近の征十郎は輪を掛けて隙がなくなり始めているから、可愛いより先に警戒しなければいけないのが悲しい。



「仕舞い遅れても行き遅れることはないから、なまえは安心していいぞ」

「…うん?」

「うちの雛壇は片付けて来たからな」

「ごめんちょっと征ちゃんの言ってること解らない」



何で、君の家に雛壇があるの。しかも私のものみたいな言い種だし。

これには両親も驚いたようで、揃って征十郎を凝視する。特に強い父の視線を気にすることなく微笑む征十郎は、それはそれは満足げな顔をしていて。



「いずれ嫁に来るんだから、うちにもあっていいだろ?」

「いや、よくないよ? よくないっていうかそれ、あってもどうしようもないよ?」

「大丈夫だ。なまえ用の雛壇は生まれた娘に継がせればいい」

「いや…いや、娘って……」



え、何? この子の中では既に将来設計が出来上がってるの?

問題ない、と胸を張る征十郎には悪いが、つっこみどころ満載過ぎてどこからつっこんだものか判らない。
痛む頭を抱えた私の視界の中、今にも叫び出しそうな父の口をタイミングよく覆った母だけは楽しそうで。

これはまた面倒なことになりそうだな…と、可愛いげのなくなりつつある征十郎に後ろ頭突きをお見舞いしながら、私はまた一つ溜息を落とすのだった。









懐かしき思い出




果たしてその雛壇はどうなったのか。
それを知るのは、十年以上後のことになる。

20130304. 

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