心臓がざわざわして、頭の奥がずんと重くなる。
写真の中のその子は屈託のない笑顔で、近くにいる友達らしい人間と接していた。
「珍しいな、お前が記念写真に興味を持つとは」
「…赤ちん」
靴箱の近くに特別に設置された机では、つい最近あった文化祭の写真の予約が始まっていた。
密集する人込みの中で貼り出されたサンプル写真に気を取られていたら、いつの間に隣に立っていたのか赤ちんは軽く目を瞠って、かと思えばオレに習うようにサンプルを見上げて、ああ、と頷いた。
「なるほど。みょうじか」
「んー…」
何となく肯定しにくくて、唸りながらも手を伸ばして用紙を引き寄せる。
長い腕は人込みにも関わらず簡単に目的のものに辿り着いて、ついでに赤ちんにもいる?、と聞けば小さく笑いながら頷かれた。
空いた空間でクラスや名前、それから欲しい写真の番号を記入していれば、それを見ていた赤ちんはまた面白いものを見たような顔で見上げてきたから、少し悔しい気持ちになる。
「買うのか」
「だって、写真でもなきゃ、顔見れねーし」
仕方ないじゃん。赤ちんが、近付いたら駄目だって言ったんだから。
本当は、自分以外に笑いかけるところを見るのは、息ができなくなりそうなくらい苦しいけど。
笑いかけてもらえるわけもないし。そのくらい、解る。
でも、仕方ないじゃん。
「…健気なことだな」
好きなのは、仕方ないでしょ。
怖がられたって、嫌われていたって。好きなのは。
静かに微笑んだ赤ちんはもう面白がってはいなくて、軽く叩かれた背中の感覚に一瞬泣きそうになった。
君を追う
「あ、れ…? 私…?」
「え」
ブレザーについたお菓子の屑を振り落としていたらポケットから落ちた生徒手帳を、拾ってくれたなまえちんの言葉に軽く固まった。
ヤバい、という文字が一瞬で頭に浮かぶ。
そういやあれ、入れっぱなしだった気がする。
そろーっと視線を向ければ、大きく見開いたその目とばちりとぶつかる。
嫌がるような表情をしていないことに少しだけ安心したけど、何でか逃げたいような気持ちになった。
「えっと…これ、二年の時の…?」
「あー…うん……」
要らない部分は切っちゃったけど…。
否定しても仕方がないし、素直に頷くとなまえちんはそっか、と言ってもう一度写真に目を落としてしまった。
何も言われないのはそれはそれで怖い。
「あの…なまえちん、怒ってない…?」
「え? どうして?」
「知らない内に写真とか持たれてたら…気持ち悪くない?」
「…知らない人なら気持ち悪いかもしれないけど、紫原くんだから」
全然、と微笑んでくれるなまえちんに、一気に脱力した。
よかった。この子が優しい子で本当によかった。
(今嫌われたら絶対死ぬし…)
深い溜息を吐くオレを不思議そうに見上げるなまえちんは、すぐに生徒手帳と一緒に写真も返してくれる。
そうしたら、昔じゃ考えられない距離の近さを改めて感じて、胸の奥がぎゅわっと握り締められた気がした。
ああもう、本当。
「オレ、幸せだよね」
「? よかったね?」
大事にしていた写真だけど、今じゃ忘れるくらい近くに、なまえちんがいてくれて。
不思議そうな顔をして、それでもオレに合わせて笑ってくれるこの子を、この先は二度と見失わないようにしよう。そう思った。
20121117.
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