気が付いたら、目の前に好きな子がいた。とか。



(いやいやいや)



おかしい。おかしいでしょどう考えても。ていうか、何がどうしてこんなことになってんの。

混乱して頭を抱えるオレの目の前、ちょこん、と膝を立てて不思議そうな顔をしているその子に全力でつっこみたい。けど、ぶっちゃけ余裕がない。

だって、あれだ。おかしいんだって。
オレの部屋になまえちんがいるところからしておかしいけど、それよりも、甘そうな色合いの髪の間からぴん、と立ち上がっている同色の謎の物体が。

頭を抱えたまま、ちらりと視線をやって確かめる。
どう見ても、動物の耳にしか見えない。
視線を受けてこてっ、と傾げられる首がまた可愛い、とか思ってる場合じゃない。

何で、うさぎの耳付いてんの。



「…なまえちん?」

「? なに?」

「いや、なに、じゃなくて…何でうさぎ…」

「?」



ぱちり、瞬く瞳は物凄く不思議なものを見るようで、何だかオレの方がおかしいことを言ったような気分になる。

これ別にオレはおかしくないよねー?…と若干不安に思ったところで、反対側に首を傾げたその子はまるで当然の事実を語るように、うさぎだからだよ?、と答えた。

いや意味解んないし。めちゃくちゃ可愛いけど意味解んないし。



「う、うさぎ…?」

「だって…私、紫原くんのうさぎでしょう?」

「う…んん?」

「紫原くんの、うさぎ」



ちょいちょい、と指で自分を示しながらはにかんだ笑顔を向けられて、混乱が極まる。

オレのうさぎって……そうだっけ。いや、なんかもうなまえちんがそれでいいならオレもそれでいいような気がしなくも…



(いやいやいやいや)



流されかけて、慌てて首を振る。

何言ってんのこの子。何怖いこと言ってんの。可愛い。いや違う、可愛いけど違う!



「あの、なまえちん何言ってんの…?」



言葉がキツくならないように、一応気を付けながら問い掛けてみる。

いくら何でも、冗談にしては危なっかしすぎる。オレだって男なわけで、しかもなまえちんを好きなわけで。
それなのにそんな無警戒な言葉を掛けられて、平然としてられるわけがない。
正直わりともうギリギリな理性を結び直してる最中だ。辛い。好きな子が可愛くて嬉しいのに辛い。



「何、って…私、紫原くんのうさぎ…」

「だから、それ、どういう意味なの…」

「どういう…? えっと…紫原くんに可愛がられるのが、私のお仕事で」

「……待ってちょっと待ってなんかもう、ちょっと、無理だしこれ絶対無理だし!」



それなんて拷問!?

更に突拍子もないことを言い出すなまえちんに、頭の中が爆発した気がした。



(か、可愛がられるのが、仕事…?)



え、何、そしたらオレはなまえちんを可愛がるのが仕事なの。何それ超おいし…じゃない!

まず、可愛がるってどういうことかって話だ。危うく転がりかけた思考を掴みなおして、深く息を吐く。
けれど寸前で持ち直した理性は、次の瞬間心細そうに掛けられた声にぶっつりと切り離された。



「む、紫原くん…可愛がって、くれないの…?」

「いや可愛がる! めちゃくちゃ可愛がるし!!」



うる、と潤んだ悲しそうな目を向けられたら、理性なんて紙みたいに軽かった。
逆らう気になれない。ていうか、そうだ。なまえちんがそうしたいって言ってるんだからオレが我慢する必要ないんじゃないの、これ。

叫んだと同時に思わずぎゅっと抱き寄せたその子は、膝の上まで引きずりあげても抵抗しない。それどころか胡座をかいた膝に横座りになると、心得たようにすりすりと、オレの胸に頭を擦り付けてきて。



(う、わ、うわ…っ!)



何これ! 何この可愛いの!!

心臓が壊れるんじゃないかと思うほど、ばくばく言っているのが判る。
視線を落とすと、オレの腕にすっぽりと収まるその子の頭から生えた耳がゆらゆらと揺れていて。

ヤバい、これ、死ぬ。
そんな軽く意識が飛びそうな幸せの中で、むくむくと湧き上がる衝動も、あって。



「…なまえ、ちん」

「ん、もっと」



もっと、って。

すりついていた頭を離して、ほんのり赤くなった顔で強請るように。至近距離な所為でいつもよりも上目遣いに見つめられて、これで何とも思わない奴がいたら男じゃないと思う。

頭に血が昇って、ぐらあ、と目眩を感じながらも誘われるままに手を持ち上げる。
背中を撫でて、掴めるくらい小さな頭まで昇らせて。くしゃくしゃと髪を掻き回すと、気持ち良さそうに目蓋まで下ろしてしまう。



(うさぎ…)



オレの、うさぎ。

髪と同じ色の耳に、指先が掠るとぴくぴくと震える。



「んっ、耳、くすぐった…っ」

「可愛い…」



小さく上がった声が、なんだか凄く可愛くて。
オレのうさぎなら、可愛がっていいなら、もういいか。

ぶつり。

何かが派手に引きちぎれる音と、だらしなく開く口。
それを感じながら、襲いかかる目眩に沈もうとした。







紫原の葛藤




次の瞬間、けたたましい電子音に跳ね起きることになるのは、お約束ってやつだ。



(あ…おはよう、紫原くん)
(っ! お、おは、よ…)
(…? どうかした?)
(いや、何でも……ごめんなまえちん)
(え? 何が…?)
(なんかもう、色々…ごめんなさい…)
(え、だ、大丈夫紫原くんっ?)

20130303. 

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