くだらねぇ。

整った字、整った文面、お決まりの呼び出しに眉を顰めながら、ぐしゃりと握り締めた便箋はその場で捨てることもできず、鞄の中にぞんざいに放り込む。
外面だけは保ちながら日々を過ごしているのだ。それに惹かれる人間は少なくはないだろうが、だからといってそれら一つ一つを気に掛けるのは億劫で、無意味にも程があることだった。

花宮という名前の価値だけにも、群がる蝿は多い。そこに優秀な頭脳や経歴、外見が重なれば、好意や憧れを向けられない方が珍しかった。
本性を知っている人間に面の皮の厚さを指摘されることはあれど、それも取り立て気にすることでもない。

得を取って何が悪い。楽に生きて何が悪い。
その思考こそが花宮の名を持つ所以だとは理解しているが、だから何だという話だった。
昔ほどその血を疎まなくなったこと。その原因を頭に浮かべては、深く呼吸を繰り返す。

あの女も、同じような道を辿ったのだろうか。



(…くだらねぇ)



辿っていたとして、何だというのか。
重ならない時間、年齢差を、もどかしく思うことすら今更なこと。
考えたところで、答えなんて最初から見えているのだ。

あの女、花宮なまえが辿った道筋は、今自分が歩いている道筋より程度が上の、更に得に走った道。
その分更なる困難を極めたものだということは、自分だけでなく他の分家の人間にすら、その内思い知らされることになるのだろう。その日をどこか待ち遠しく感じている時点で、裏切りは確定している。
花宮の家より一人の女に心酔する。その未来は明るいとは言い切れずとも、破滅に飲み込まれることも確実にない。

自分以外の全てを、捨てることに躊躇いはなかった。その覚悟は、無意識に胸に在った。
あの存在が手に入るなら。或いは、あの手の中に自分が組み入れられるならば。
贖罪でも、崇拝でも、いざとなれば理由は問わず、何だってしただろう。
それで望みが叶うなら、厚い面の皮も剥ぎ取って膝をついたかもしれない。
無様に縋り付き、その足に口付ける奴隷にでも成り下がったかもしれない。

それだけのことを考えさせる、恐ろしい女に捕まった。
その実感は深いのに、それでも胸を満たす気持ちは淡々としている。



(時間の無駄だな)



意識の片隅、鞄の中で捨てられることを待っている便箋がちらつく。
そのものに感慨が湧くことはなかったが、それ一つの対処に奪われる時間、配慮する為の思考は惜しい。

どうせ、上辺だけをなぞって寄せられた好意だ。
しかしそれも、自分よりも遥かに被って歩んでいったであろう存在を思えば、可愛いものかと嘆息する。

そんな手紙一つ、何の関連性もない人間の影一つにすら浮かび上がる面影は決まりきっている。そのことに苦虫を噛み潰しながら、指定された場所へと踵を返すのだった。







白昼に浮かぶかげ




「はぁい、真くん」

「っ…!?」



部活のない試験期間、定時に校門を潜ろうとしたところで掛けられた声にがばりと振り返れば、その声の持ち主は門から延長した塀に背を預け、他の生徒の目を思い切り浴びながら平然と笑っていた。

流石に、こんな展開は頭にない。
思わず固まる此方の思いも読み取っているだろう女は、至極可笑しそうに肩を揺らした。



「何で、お前…っ」

「偶然予定がキャンセルされちゃって。そしたら原くんから面白いこと聞いたから?」

「…つまり暇潰しか」



というか、そっちはまだ繋がってたのか。
込み上げた苛立ちのまま、舌打ちが漏れる。

“面白いこと”の内容については問うまでもない。珍しくも何ともない事情を揶揄されたところで、痛くも痒くもないことは理解の上だろうに。
じとりとした睨みを受けて漸く、普段通りの形だけは整った笑みを浮かべた女は、細い腕を此方のそれに絡めながらまぁまぁ、と歌うように囁く。



「いいじゃない。小さなヤキモチよ」

「ふはっ、んな下手な誤魔化し似合わねぇっつの」

「あら、本心なのに」

「…はぁっ?」



思わず、軽い驚きが顔に出たのだろう。首だけ捻った先で、大人びた横顔がふっ、と吹き出す。



「だって私は、ずっとは真くんといられないもの。私より見ているのに私より無知な人間が、私のものを横取りしようとするのよ? まさか、快く思うわけがないじゃない」

「…そーかよ」

「そうよ」

「くだらねぇ」

「全くね」



実にくだらないわ。

呟く横顔は穏やかで、そうしていれば容姿の端麗さだけが際立って見える。
絡み付く腕にかかる付加は変動しない。どこまで本音か読み取れない言葉でも、吐き出された限りは飲み込んで消化するしかなかった。

嫉妬、なんて。



(くだらねぇだろ)



どちらがより多く被っているか、解っていて戯言を吐き出すその口を塞いでやりたかった。

20130302. 

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