目についてしまったのは、どうしてだったのか。
切っ掛けが何だったのかも、一つも浮かばないし心当たりもない。
ただ、何を見るつもりでもなかった視界に、いつの間にかその人間は写り込んで、まるでこっちの注意を引こうとしているみたいなところが、鼻に付いた。
他の女子マネージャーの一軍へ媚びるような態度は見飽きていたし、そんな人間もいるよなー、くらいにしか感じなかったのに。
何故か、何をするにも視界に飛び込んでくるそいつだけが他の女子と違って鬱陶しくて、胸に引っ掛かって気持ち悪かった。
それでも最初は、無視しとけばいいと思っていたはずだけど。
目を逸らしたはずなのに逸らせなくて、その影は近くにいるわけでもないのに纏わり付いて離れなくて、どんどん気持ちが悪くなっていって。
だから、苛立ちも堪えきれなくなりそうだったから吐き出した。
気持ち悪くて、視界に入ってきてほしくなかったから。そう言った。
「ねぇ、あんたさ」
ちょろちょろしてんの、虫みたいでうざいんだけど。
大して何もしてないくせに、頑張ってますってアピール? そーゆーのって気持ち悪いよね。
気持ち悪いものは見たくないし、関わりたくない。ならどうして話し掛けたかって聞かれたら、鬱陶し過ぎてムカついてきたから。
その頃はまだオレも一軍には入ってなかったし、そいつは三軍のマネージャーだったから関わる機会もそんなになかったはずだけど。
偶然、ビブスを届けに来たそいつと正面から鉢合わせたから、つい口走ってしまった。
(泣くかな)
それとも、言い返してくるかな。
それはちょっと面倒くさいかも。
オレだって別に、言っていいことと悪いことが区別できないわけじゃない。ただ、自分が他人のために遠慮してやる理由が見つからないだけで。
別にいいじゃん。誰が傷ついたって泣いたって、オレには関係ないし。そんだけのことだったって割り切れば。
どうでもいい人間に嫌われたとしても、痛くも痒くもないんだからさ。嫌われたら面倒な相手にだけ、甘えとけば今までだってなんとかなってきたし。
だから、別にそいつが泣こうが喚こうが、本当にどうでもよかった。
そのはずなのに。
「…ご…ごめん、なさい…」
目を瞠って、凍り付いたようにオレを見上げていたそいつは、運んできたビブスを置いて逃げるように去るまで、泣きも喚きもしなかった。
同じ男の部員でも、怒るなり泣くなり、したのに。
(なにそれ)
何なの、それ。
そんなのオレ、知らないんだけど。
嫌なら言えばいい。傷ついたならそれ、訴えればいいじゃん。
何で、堪えんの。何で自分に酷いこと言う奴に遠慮とかすんの。
「意味、わかんねぇし」
ああもう、イラつく。
去る間際、ぐしゃりと歪んだそいつの顔が、焼き付いて吐き気がした。
あのころは何も望んでいなかった
馬鹿みたいな、馬鹿でしかない話だ。
そうして本当に視界に入らなくなった頃に、本当の望みに気付かされるなんて。
一年後、真逆の願いを持つことになるなんて、その時の馬鹿なオレは考えようともしなかった。
20130222.
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