「おねーぇさんっ、何買うんスか?」



買い物籠と頭の中を照らし合わせ、見落としはないだろうかと確認していたちょうどその時、ぽん、と叩かれた肩と明るく跳ねた声に一瞬驚くも、慣れたやり取りに口から漏れたのは軽い溜息だった。



「涼太くん、おかえり」

「まだ家じゃないっスけどねー。ただいま」

「そもそも君の家でもないんだけどね」



バイト帰りに夕飯の材料調達に、マンションからそう離れていないスーパーに寄るのはいつものことだから、その行動を知り尽くした彼と鉢合わせることは少なくない。
一人暮らしのご飯って美味しくないよなぁ、といつか溢した私の台詞を耳聡く拾っていた年下の幼馴染みは、ことあるごとに私の部屋に入り浸るようになり、部活帰りには夕飯を食べて帰るようになってしまった。
双方の両親も昔からの付き合いなので、特に問題もないようで。

まぁ、確かに一人じゃないご飯は美味しいからいいんだけどね…。
おかげでバッチリ男避けされてしまったのが、微妙なところだ。



「つれないこと言わない! 今日は何作るんスか?」

「んー…何作ってくれる?」

「えっ……オレ!? またオレが作んの!?」



ぎゃん、とショックを受けた犬のような顔をされて、つい吹き出しそうになるのを堪える。
代わりに、にっこりと貼り付けた笑顔を頷かせて答えた。

私以上に私の食費を削っているのは誰だっけ?、と。



「そっ…それはその、でもなまえ姉お金は出させてくんないし…」

「年下から巻き上げたくないもん」

「でも年下に命令はするんスね…」

「命令じゃない。お願い、ね?」



さすが現役モデルなだけあって憎たらしいくらい整った顔を、しょぼんと落ち込ませる涼太くんは、可愛い。
身体は育ってもまだまだ子供だよなぁ、と思いつつ、何気ない手付きで棚から取ったブイヨンを籠に放り込んだ。



「部活帰りなのにー…」



オレもう腹ペコなんスよー、とのし掛かってくる幼馴染みの頭をはいはい、と撫でれば不満げな唸り声が返ってきた。
何だかんだ言っても、可愛い幼馴染みだ。



「なまえ姉のいけず…」

「はいはい」

「料理しない女の子って微妙っスよー」

「それでもいいって人を見つけるから大丈夫」



全然大丈夫じゃない!

耳元で叫ばれてちょっと殴りたくなった。
この野郎私が甘いからって調子にのって…とは思うも、べったりと張り付いてくる男を引き剥がす気にもなれない辺り、私も相当だ。



「大丈夫よ。イケメンでスタイルもよくて負けず嫌いで学習能力が高い、私にとびきり甘い旦那さんを貰うから」



ぴくり、私の肩に回った腕が震える。

さて、と首を捻って視線を向けた先、一気に顔色を変えた可愛い幼馴染みが勢いよく顔を逸らした。
逸らしても耳まで赤いから、バレるんだけどね。



「っ…何が、食べたいんスか」



ちょろい。

解かれた腕が籠を奪っていくのを見て、再び吹き出しそうになるのを堪える。
これだから、私の幼馴染みは可愛いのだ。

にやにやと上がってしまう口角までもはどうしようもないから諦めるとして、頻りに私から目を逸らしている隣の男に、そうねぇ、とわざとらしく首を傾げた。



「バゲット」

「へ? バゲット?」



出てきた単語が思いもしなかったものだったからか、気の抜けた顔が振り向く。

まだ少し赤い頬が可愛いなぁと思いつつ、私は満面の笑みを返すのだった。



「飴色玉葱は炒めてあるからね」



その瞬間、呆気にとられたようにぽかんと口を開けた現役モデルは、さっきの非じゃないくらいに顔を真っ赤に染めていった。








タイムセールのスーパーにて




「ず、ズルっ…騙したんスねーっ!」

「え? 別にもう一品あってもいいかなーって思っただけだけど?」

「嘘だ! だってなまえ姉食べたいもの言ってない!」



きゃんきゃんと犬のように喚いてくるその表情は、形だけは睨んでいても喜びに溢れた瞳は隠せていない。
その証拠に、私が少し申し訳なさげな顔でごめんね?、と謝れば、すぐにその顔は慌てきったものに一変するのだから。

これだから、私の幼馴染みは弄り甲斐があるのだ。



(あ、ち、違うんスよ!? なまえ姉がオレの好物作ってくれんのは嬉しいし、ほんとは怒ってなんかないから!)
(……)
(う、嬉しすぎて素直になれなかっただけなんスよ…本当、に……お願いだから黙ってないでなまえ姉何か言ってよーっ!)
(…涼太くんは素直ねー)
(なんスかそれぇっ!)

20130219. 

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