「ど、どう…かな…」
怯えきった兎のような目で、女の私よりも弱々しく首を傾げてくる幼馴染みに、私ははぁ、と深い溜息を吐き出しながら首を横に振った。
「駄目ね。ぜんっぜん駄目」
「うっ…スイマセ」
「だから謝るなってば! ほら、もう一回! 勝つのは?」
「ボク達ですぅぅぅっ!」
「そんな今にも泣きそうな声じゃ威嚇にならないっての!!」
うわああごめんなさい、と両手で頭を抱える幼馴染みを見て、いつも思う。
何故。負けん気だけは確かに持っているくせに何故、ここまで弱気なのかと。
それなりにプライドもあるくせに、どうして普段は腰が常に引けているのか。
泣きそうな顔で謝ってくる幼馴染みに、私の方が泣きたくなってくる。
「もーやめてやれよ。良がカワイソーだろ」
「あんたみたいな奴がいるからやめてあげらんないんでしょ!? ほら良、青峰みたいに人相悪くなれとまでは言わないから!」
「んだとテメェ!」
「せめて今吉先輩辺りのいやらしさを見習って!」
「ちょっ、ワシまで巻き込まれとったん!?」
「つーか無視すんじゃねぇよ!」
わりと遠くで練習に打ち込んでいたくせに、さすがの地獄耳である。
しかし私は今吉先輩や、すぐ傍でがなり立てる青峰の相手なんてしている場合ではないのだ。
ただでさえ歴史が薄く、クセの強すぎる桐皇高校バスケ部では、いくら才能があったとしても上下の統制が甘い。
外部はともかく、内部争いは顕著にある。そこでスタメンでありながら貧弱なオーラを漂わせている、一年坊主がいたらどう扱われるか。考えずとも解るだろう。
青峰ほどの天賦の才能を持たずとも、一年からレギュラー入りを果たせば悪目立ちすることは確実。実力社会と言えど、それで納得がいかない人間も多く存在する中、私の幼馴染みのような人間は格好の餌食となり得る。
それを黙っていられるほど、私は薄情なつもりはない。
「うっ…うう、スイマセンっ…ほんと、自分が情けないがために他の部員にまで迷惑をかけて、スイマセン! なまえちゃんの手まで煩わせてっ…」
「だから私に謝ることはないんだって! てか迷惑も何も青峰は自分からサボってんだから付き合わせても大丈夫よ! 気にしたら負け!」
「てんめ…マジ女だからって調子こいてんな……つか、良みてーな奴がんな簡単に変われるかよ。迷惑はお前だ、お前」
「あーもーうっさい。お節介は承知の上だっての!」
私だって、幼馴染みが根っから悪い人間になりきれないことなんて解ってる。
そんなことは重々承知の上で、それでも放っておけない気持ちなんて、どうせ桃井ちゃんの優しさを無下にしている青峰には理解できないことなのだ。
それでも私の優しい幼馴染みは、こんな時だけはちゃんと、慌てながらでも反論できるのだから。
「ちがっ、違うんですなまえちゃんは! 自分が情けないから心配してくれてるだけで、迷惑なわけなくてっ!!」
「うん、解ってるよ。良は私にそんなこと思わないって知ってるから、大丈夫」
「っ…頑張ります、本当、なまえちゃんが安心できるようボクも、頑張るから!」
「よく言ったわ良。その強気が大事!」
きっ、と、いつもよりも少しだけ吊り上がった眉に、ぐっ、と握られた拳を両手で握り返しながら頷く。
一度決めたら努力は惜しまない幼馴染みを知っている私は、その決心だけでも大きな一歩だと、感動した。
それが実るかどうかは、別にしても。
本日、謝りキノコ注意報
「…つーかよ、あいつが構って手助けしまくるから良の奴ああなったんじゃねーの?」
「青峰くん、しっ!」
「まぁ、真理やろなぁ」
後ろでごちゃごちゃと好き勝手言っている部員は、今は無視しておこう。
そして私はまた一から幼馴染みの努力に付き合い、度々その謝罪を浴びるのだった。
20130218.
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