「昔の人の考えってご都合主義多いよねー」

「え?」



授業合間の休み時間、唐突に隣の席から掛けられた声に目を瞠ると、話し掛けてきた紫原くんは今し方閉じたばかりであろう古典の教科書に頬をくっつけるようにして、こちらを見てきていた。

その姿に子供っぽいなぁ…と思いながらも、同時にちょっと可愛くも見えてしまう。
ついつい弛んでしまう頬をそのままにどうしたの、と訊ねる声は、自分でも驚くくらい優しく響いた。



「んー…特に古典とかさぁ、ロマンなのかもしんないけど結局妄想が多いじゃん」

「うーん…まぁ、文学系統はそうなるかな」

「そーだよ。夢枕とか、ふつーに…都合よく解釈しすぎでしょ」



好きな人が夢に出てきたら、自分に会いたがっているんだ、とか。
絶対ねーし、と呟いた彼の声は若干の棘が窺えて、私はああ、と苦味混じりの笑みしか浮かべられない。



「なまえちん絶対オレに会いたがってなかったし。逃げてたし」

「う…うん…」

「なんか、それ考えたら昔の人間がムカつくし」

「うん……」



つまり、私が逃げ回っている間も、紫原くんの夢に私が出てきていたということか。
刺々しさの裏側の、寂しさや悔しさを感じ取って、少しだけ息が詰まる。

確かに、それじゃあ古人の考え方が能天気に思えても仕方ないよね…。
私は確実にその時、彼に会いたいだなんて微塵も思っていなかったはずだ。



(どんな夢を見たのかな…)



彼の夢は、都合よく巡らなかったのだろうか。

因みに私はと言えば、夢に彼が出てくるようなことは一度もなかった。そんなこんなで、やっぱり出鱈目だなぁ、くらいの感想しか浮かばないのだけれど。
全くの出鱈目というよりは、逆なのだろうとも思う。
想い人に会いたいと、その影をどこまでも追い求めるから、夢の中にまで現れてしまうんじゃないのかな、なんて。

自惚れ過ぎだろうか。



「いい夢じゃなかったの?」



正面から向き合うように椅子に座り直して、机に頭を乗せたままの彼を覗き込めば、眠たげな瞳は軽く伏せられた目蓋で殆ど隠れてしまった。



「いい時もあったよー…けど、起きたら逆にキツかった」



夢では笑いかけてくれたのに、現実に戻ればまた怯えて逃げられるだけで。
何回も繰り返すのに、馬鹿みたいに信じてその都度落ち込んで。

そんな過去を思い出してか、珍しく溜息を吐き出す彼に私は何とも言えない気分になる。

謝ったら、おかしいし。
でも、落ち込んでいる彼を放置したくもない。




「えっと…紫原くん」

「んー?」

「昔の人の考えは、出鱈目かもしれないけど…」

「?」



言葉の先を気にして、持ち上がる目蓋を確認する。
再び不思議そうに見つめてくる瞳は少しだけ揺れていて、ああ、愛しいな、なんて思うから。



「私は…夢に出るだけ、自分がその人のこと考えてるのかなって、思うの」

「…うん。多分そーだよね」

「でも私も、紫原くんに出てきてほしいな」

「……え」

「今なら私も、紫原くんもそんなに苦しくない……あ、あれ? 紫原くん?」



もぞりと、動いた腕が机に上がって、彼の顔が埋められる。
何か失言があっただろうかと慌てれば、僅かに籠もった声に名前を呼ばれた。



「なまえちんは、夢でも会いたいの?」

「え……あ」



そういえば、そういうことになるのか。
自分の発言の意味を把握して、途端に顔が熱くなった。

言葉を言い換えれば、夢に出てくるくらい、私も紫原くんのことを考えたい、ということだ。
嘘じゃない。勿論、否定はできないけれど。



「なまえちん顔真っ赤」

「う、む、紫原くんも…」

「誰の所為だし…」



少しだけずらされた頭、長い前髪の間から睨まれても、怖がる気持ちには少しもなれない。

二人して真っ赤になった顔を隠し合う私達は、端から見ればかなり間抜けな光景だったと思う。







ゆめであいましょう




目覚めても、続きは待っているから。

20130215. 

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