※付き合ってます







私の恋人は、大層おモテになられる。
それはこうしてお付き合いというものに踏み切る以前から把握していたことであり、納得だってしていたことでもあるのだけれど。

けれど、それにしても、だ。
さすがにここまでとは、思っていなかったかもしれない。



「ね、いいでしょ? 別に横取りしようってんじゃないんだし」

「受け取ってほしいだけなんだよねー」



独り占めできる立場なんだし、これくらい許してくれるでしょ?

そう、顔だけは笑顔で目は笑っていない先輩方に囲まれながら、私は靴箱に着くまでにもう何度目かになる溜息を寸前で飲み込んだ。



(さすが辰也くん…)



モテますね。いや、本当に。

多少のことには動じない心臓を持ち合わせているつもりの私も、こう何度も悪意と背中合わせの願い事をされると、少し疲れる。

たかがバレンタインで…と呟けば、されどバレンタインと返されそうだ。
別にイベント事を軽んじるつもりはない。けれど、こう何度も突っ掛かられると、自然と気分も落ち込んでくるというもので。

私だって他の女子達と同じなのに、切ないものだ。



「…すみません。そういうのは、辰也くん本人にお願いします」

「えー?」

「みょうじさんからの方が受け取ってくれそうじゃん」

「あ、それとも他の女子からのチョコも受け取らせたくないとか?」

「まさかねぇ、彼女にまでなれてそこまで心狭くないでしょ」



わぁ、女子って怖いなぁ。

きゃはは、と笑う声が思いっきり自分を見下してくるのが判るから、重い石が身体の中に落ちてくる。

ああ、苦しいなぁ…と内心呟きながらも、これ以上手間取りたくない私は素直に頷いて返した。
こういう場合は、嘘を吐くより正直に答えた方が早いと知っている。



「好きな人に自分以外見てほしくないのって、普通のことだと思うんですけど…」

「…はっ?」

「私は、自分の恋人への想いの手助けなんかしたくないのですみません。でも、自分で行動を起こすことは自由だとも思います」



それじゃあ、と、次の責め苦が来る前に素早く女子の壁を潜り抜ける。
慌てて呼び止めるような声がしたけれど、そう強くはなかったので聞こえなかったことにさせていただいた。



(大変だなぁ)



やっぱり、人気者の恋人という立ち位置は安くない。
それでも、彼女らに対して吐き出した言葉に嘘がないことが、一番厄介だった。








「はい、辰也くん」



教室に辿り着いたその足で真っ直ぐに向かった彼の席で、どうぞ、と差し出したそれは私の拘りが隅々まで発揮されたプレゼントである。
あまりお菓子の類いを作ることはしないので、久し振りに気合いを入れて作れたと自分でも思う一品だ。

中身からラッピングまで、売り物並みに真剣に纏めたチョコレートを受け取る彼の顔は、それはもう嬉しげに綻んだ。



「ありがとう。なまえのことだから、わざわざ作ってくれたんだろ」

「暗黙のルールに乗っ取ったら、そうなるよね」

「…嬉しいな、凄く。それだけオレのこと想ってくれてるってことだ」



甘ったるい笑みを浮かべて、空になった私の指先を絡め取りながら恥ずかしげもなくそんなことを言えるから、辰也くんは流石だ。
言われたこっちが恥ずかしくなる。



(いや、まぁ、否定はしませんが)



そりゃあ、久し振りだから以前に、恋人に贈るものとなれば私だって緊張しつつも張り切るというもので。
失敗はしなくとも、口に合うかとか、甘さの好みはどれくらいかとか、色々と考えただけ想いは詰まっているはずではある。

この美男子に滅多なものは与えられないというプレッシャーなんかも、無きにしもあらずな感じではあったけども。



「………」

「ん? なに?」



とても機嫌が良さそうな彼の様子を見ると、嬉しくなる。それは、本当のこと。
だけれど、教室に着くまでの事情を思い起こすと、なんとも言えない気持ちが胸の中で渦巻くのも事実で。

私の恋人は、大層おモテになられる。
そんなの、今に始まったことではないわけで。

思わず、じとりとした目で見上げてしまう私に、彼の方は不思議そうにぱちりと目蓋を瞬かせる。
それから、何かに気付いたようにあ、と声を漏らすと、再びにっこりと綺麗な笑みを浮かべてくれた。



「なまえ、少し目を閉じて」

「? うん」



突然何だろうと思いつつ、言われた通りに目を閉じれば、いい子、とでも言うようにくしゃりと頭を撫でられる。
そしてすぐに離れていった手は次に左の米神辺りに触れ、右にも同じように触れて離れる。

冷たく硬い感触に首を捻ると、楽しげな声がもういいよ、と囁いた。



「ああ、やっぱり似合うな。可愛い」

「?…これ」

「花束だと嵩張るし、あんまり目立つアクセサリーもなまえは気にしそうだから」



両側の髪を少しだけ避ける、それがどんなものなのか気になって直ぐ様鞄から鏡を取り出す。
そうして、写し出したそれに、どんな反応をしていいものか判らなくなった。



「……辰也くん」

「うん?」

「何か、もう…狡いと思うよ」



薔薇と、雪の結晶を象ったアンティーク調のヘアピンが、私の両耳の少しだけ上を飾っている。
薔薇は、まぁ、バレンタインの風習を考えれば解るけれど。



(氷は)



狡い。こんなの、深読みしろと言っているようなものだ。

喜びと、照れと、悔しさを込めて見上げた彼は、悪びれることなく、何もかも解りきった笑みを浮かべていた。








その黒子を引きちぎってやりたい




こんなのまるで、所有印だ。



(なまえは可愛いから、これくらいはね)
(…辰也くんがそれ言うの)
(え?…なんだかその言い種…嫉妬でもしてるみたいだね)
(…ちょっと、もやもやしてるのってやっぱり、嫉妬なのかな)
(っ!…なまえ…How pretty you are!!)
(辰也くん日本語で…あ、いややっぱやめとこう)

20130214. 

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