「で、あんたもう準備してんの?」

「はい?」



部活動で使用した攪拌棒にメスシリンダー、バット等をお湯で洗い流している時、ふと思い出したように隣から声を掛けてきた一番仲の良い友人に、私は言葉の主旨が読み取れずに首を傾げた。



「何が、って……いや、まさかあんた…!」

「え、え? 何ですかっ?」

「今日が何月何日か覚えてないの!?」

「今日…?」



がしり、と両肩を掴まれた所為で、片付けが進まない。
流しっぱなしのお湯を気にする私を信じられない、とでも言いたげな目で見つめてきた友人に、狼狽えながらもその口から出てきた日付を思い返した。



「えっと…12日、ですよね?」



それが、どうかしたんだろうか。
首を傾げ続ける私を見る、友人の目はぎらぎらと輝いていて何だか怖い。

そういえば、そろそろバライタで焼いていた写真が乾燥して良い頃合いなんじゃないかな…なんて、軽く現実逃避に走ろうとしたところで、この馬鹿、と怒鳴られた。



「え、ご、ごめんなさい…っ?」

「解ってないわねその顔! あんたはリア充になってもほんっと鈍いんだから!」

「へ? リア……あ」

「イベントよ! リア充が爆発するイベントの一つよ!!」

「そ、そういえば…!」



そんなイベントが、ありましたか!!

この十六年、趣味に費やして疎かにし続けていた所為で、綺麗さっぱり意識になかったその行事。
そういえば、二月にはそんな行事があったことを思い出して戦慄する。



「わ、私無関係だとすっかり思い込んで…っ」



毎日のように高尾くんを追い掛けていながら、何ということを…!

寧ろ高尾くんといられて、しかも写真が撮れるだけで毎日が幸せ過ぎて、わざわざイベントで盛り上がる必要がなかったというか、そういう理由はあるのだけれど。

それにしたって自分でも思う。
あんまりだ…! 私の部活脳、あんまりだ!!



「どっどうしましょう…何も考えてなかった…」

「……まさか本当に忘れてるとは。クリスマスとかあったでしょうに」

「クリスマスは高尾くんはWC真っ只中でしたし…」

「リア充爆発出来なかったわけか…あー……」



ぐしゃり、と前髪を掻きながら溜息を吐く友人に、私は縋るような目しか向けられない。

本当に、私ったら、彼女としてどうしようもない。
こうなってしまえば部活がどうとか考える余裕もなく、私の頭の中はバレンタイン一色に埋め尽くされていく。



「こ、小夏ちゃん、世のカップルはバレンタインに何をするんですか…っ?」

「いや、何て。チョコ渡すんでしょ。自分渡す奴もいるかもだけどまぁなまえにその線は無いわ」

「? チョコ…って、どの辺りのチョコですかね。やっぱりここは日頃の感謝を込めて奮発するべきなんでしょうか…」

「いや、作れよ。あんたデータ的なことには人一倍器用でしょうよ」

「えっ」

「何その考えもしませんでしたって顔!?」



えっ、だって、作るんですか?



「か、カカオから…?」



それはちょっと、一日二日で作れるものじゃないんじゃ…。

困惑する私の返しに、ふるふると震えた友人がカッ、と目を見開いた。
小夏ちゃん、すごい迫力です…。



「アホか! 市販のチョコ溶かして使うのよ誰がカカオから調達できんのよ!!」

「あ、ですか。ビックリした…」

「いや私がビックリしたわ!…っていうか、その反応、もしやなまえ…」

「えっ?」

「料理、したこと…」

「……ない、ですね」



えへへ、と笑って誤魔化せる空気ではなかった。
再びガッ、と両肩を掴まれて、私はひぃ、と息を飲む。

すみませんごめんなさい部活にしか打ち込んでなくて申し訳ない!!
だって、家に帰ったら既に夕飯は出来上がっているし、母は料理好きだしで、手伝いを求められることも殆どなかったから…!



「なまえ」

「ははははいっ!!」

「明日は、部活、休むわよ。あんたに菓子作りをみっちり叩き込んでやるわ」

「了解ですっ!!」



がくがくと何度も首を縦に振った私に、漸く満足したらしい友人の満面の笑みが送られる。
これは…本当に、覚悟しなくてはいけないかもしれない。



「って、ちょっと待ってあんた何鞄に用具詰め込んでんの」

「えっ…液温計とメスカップとかシリンダーって使えそうだなぁと。あ、攪拌棒も…」

「薬品に使ったもん料理に使うなぁぁ!!」

「ひっ! ご、ごめんなさいぃぃっ!!」



ああ、神様仏様高尾くん。
私は本当に、無事にイベントを達成出来るのでしょうか…。








レンズしか知らない秘密




例えばそこに、一つのドラマが生まれたことなど、貴方は何一つ知らないのです。



(たっ…高尾くぅぅん…っ!)
(うわっ! びびった…オハヨーなまえちゃん、どったの?)
(わた、私、やりました! 数多の試練を乗り越えられました! どうぞお納めください…!)
(はっ!? あ、チョコか! わーやっべ。嬉しい! ありがとな!)
(ちゃんとした調理具は使いました!)
(あっれ何でだろ、一気に不安になった…!)

20130214. 

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