※時系列が中学生。関係性の若干のネタバレ。





主将、赤司征十郎に逆らうべからず。
特に機嫌の悪い日には、当たらず触れずに過ごすべし。

それはオレがスタメン入りする前に身をもって覚えたことで、これを破れば人道に背かない範囲で酷い目に遭うということは、悲しいことに既に知り尽くしてしまっている。
だからこそ今日も、何故かピリピリとした空気を纏いながら指示を飛ばす赤司っちを、怖いと思いつつ真面目に練習に取り組んでいたわけなのだが。



「く、黒子っち、大丈夫っスか…?」

「駄目です死にます」

「わーっ早まらないで!!」



いつもよりも長引く不機嫌に、格段に上がった練習内容。
ただでさえ体力面の弱い黒子っちは既に音を上げていて、バッタリと倒れる身体を慌てて引き摺った。

いくら黒子っちに体力がないとはいえ、これは本気でまずい。



「おいおい…マジで大丈夫かよテツ」

「…ボクはもう駄目です…」

「黒子っちしっかり! いや、でも青峰っち、これヤバくないっスか? さすがに他の部員達の顔色も悪めだし…もうあんま持たないっスよ…」



周囲を見てみればよく判る。
赤司っちの叱責を恐れて必死に食いついてはいるが、ぶっちゃけ殆どの部員が今にも倒れそうな顔色をしている。
比較的体力もあるレギュラーメンバーでさえ、これ以上のハードメニューが来れば弱音を吐きそうな雰囲気だ。

たった一人の機嫌の良し悪しがここまで部活動に影響を与えるなんて…ここが帝光バスケ部でなければ冗談だろうと笑い飛ばせるのに、ここでは当たり前の現実なのだから全く笑えない。



「そもそも赤司は何故あそこまで機嫌が悪いのだよ…」

「緑間っちが知らないのにオレらが知るわけないでしょ…紫っち何か聞いてないんスか?」

「えーオレー?…うーん……」



普段から触らぬ神に祟りなし、と近寄らないオレや青峰っちと違い、赤司っちとも交流の多い二人に向き直れば、緑間っちからは原因は引き出せなかったが、紫っちは一応首を傾げながら考え込んでくれた。

そして数秒唸っていたかと思うと、あ、と目を瞠る。



「なんか、よっきゅーふまんって言ってた気がする」

「は!? 赤司が!?」

「欲求不満!?」



考えもしなかった受け答えに、思わず叫んでしまったオレと青峰っちは、大きく響き渡った自分達の声を聞き取った次の瞬間、さあっと青ざめた。

ヤバい。殺される。



「黄瀬…青峰…」

「な、何だよ…」

「あ、赤司っち? めっちゃいい笑顔、っスね…」



ぎぎぎ、と錆びた金属にでもなったように首を捻ったオレ達の背後には、見ようによっては満面の笑みを浮かべた帝王が、立っていた。



「お前達、体力が有り余っているようだからな。校舎周りでも走ってくるか。そうだな…10分10周で」

「無理だろ!!」

「死ぬっス!!」

「オレの命令は……っ!」



絶対……と、オレ達が言い返す前にぴくり肩を跳ねさせた赤司っちが、言葉を切ったかと思うとポケットを探る。
そして取り出した携帯のディスプレイを見下ろし、はっと目を見開いた。

部活中の携帯保持は原則的には認められていないが、何かと熟す仕事の多い人間は例外もある。
それはそうと、携帯を覗いた瞬間からひゅるひゅると引っ込み始めた負のオーラに、オレ達は言葉もなく慄いていた。

赤司っちの機嫌が、治っていく…!



「すまない。少し外す」

「え、あ、おう…」

「いってらっしゃーい」



一人気にせずひらひらと手を振った紫っちにああ、と頷いて体育館を出ていく背中に、残されたレギュラーメンバーは勢いよく目を合わせた。



「おい、何だアレ!?」

「赤司っち一気に機嫌よくなったんスけど!?」

「余程好意のある相手だったんですかね…」

「赤司が、か?」



ぽつり。
静かに眉を顰めた緑間っちの呟きに、誰もが口を閉ざした。

赤司っちが好意を抱く人間…。
一体どんな人間なら、あの赤司っちの機嫌を一発で治せるというのか。全く想像できない。



「気になるなら見に行っちゃえばー?」



恐らく、輪の中の誰もが同じ疑問を抱いた。
そして結局、のんびりと構えた紫っちの言葉に、好奇心を押さえきることもできなかった。

じわり、入口へと足を踏み出し、息を潜める。
電話に出るだけならそう遠くまでは行っていないはずだ。その読みは正しく、入口の壁にべったりと貼り付いたオレ達の耳に、僅かに弾んだ声が届いた。

赤司っちの弾んだ声とか初めて聞いたんスけど…!



「仕方ないだろう。お前が自分から会いに来ないのが悪い。…そこのところは解ってるよ。ああ……そうだな。ザッハトルテが食べたい。なまえが作るものなら、口に合わないものはないがな」



え、ちょ、これ、どういうことっスか…?

やたらと楽しげな、しかも会話を聞くに親しげな、更に出てきた女の子らしき名前に、頬が勝手に引き攣っていく。
まさか。まさか赤司っち。



「おい…赤司の奴…」

「……赤司っちって…」



好きな子、いたんスか。

本気で、天変地異の訪れが見えた気がして固まる。
いつの間にかその場にはオレと青峰っちしかいなかったことに気付いたのは、電話を切った瞬間にガッ、と扉を掴んだ手の持ち主が、綺麗過ぎる笑顔を浮かべた時だった。








3時の甘い誘惑




(盗み聞きとは、余程暇らしい)
(いいいいやこれは! 違うんスよ赤司っち!!)
(ってか、あいつらどこ行きやがった!?)
(お前達のメニューは……? なまえ? 何だ、まだ何か…はぁ、お前はエスパーか)
(!?)
(赤司が溜息吐いた…だと…!?)
(…仕方ないな。ああ、解ったよ。その代わり甘やかしてもらうからな。……お前達、命拾いしたな)
(えっ!?)
(メニューは通常通り。各自練習に戻れ)
(…どういう風の吹き回しだ?)
(あまり振り回すなと小言を貰っただけだよ。お前達は女神に感謝でもしておけ)
(お、おう…)
(何かよく解んないっスけど…ありがとう女神様!)

20130212. 

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