※モブ視点





春が心踊る季節とは、誰が口にしたものなのか。
積もりに積もる苛立ちを隠す余裕もなく荒々しく仕事をしていると、近くを通りかかった福井から荒れてんなぁ、と引き攣った表情を頂いた。全く嬉しくない。



「仕方ないでしょ。マジあいつら仕事舐めてんだから」



入学式から数日、集まったマネージャー希望の一年女子と言えば、その殆どが浮わついた気持ちで入部してきているのだから堪らなかった。

うちは所謂強豪と呼ばれる高校の一つで、I・HやWCの出場も常連なだけあって練習量や部員の人数は半端ない。それに伴いマネージャー業にも余裕なんてものが存在するはずもなく。
そう、あわよくば部員とカレカノになれないかなー、なんて淡い期待を持つことすら言語道断。部活動舐めんじゃねぇ、というやつで。



「なのに、口を開けばレギュラーの名前が聞きたいだの専属でマネジメントしたいだの、阿呆か。阿呆なのか。あのくそ女どもマジ舐めやがって…」

「の前にお前の口調が女から外れてってんだけど」

「仕方ないでしょ腹立つもんは! 大体基本的な仕事もしないで何がマネジメントよ!!」



あああ腹立つ!、と投げたスクイズを危なげ無くキャッチした福井は、まぁなぁ、と苦い顔で同意してきた。
どうやら苦労しているのは私だけではないらしい。



「まーこっちもこっちで大概だけどな。にしても、一人もまともなマネ入んなかったんか?」

「いや…まともな子も片手で数える程度はいるよ」



中でも特に、嫌な顔一つせず地道な仕事から正確に熟してくれている女子が、一人だけ頭に浮かぶ。
ひょっとすると二年のマネよりも使える部類かもしれないその女子は、今は新入部員の調整に付き合い記録を取ってくれているはずだ。

全員が全員彼女レベルならいいのに…。
そんなことを考えていた時、個人でメニューを熟していたレギュラー周辺がざわりと騒がしくなった。



「なんだぁ?」



訝しげに振り返った福井の先方、この目に映ったのは、長身の部員の多い中でも一際巨体を誇る一年部員がぐったりとしゃがみこむ姿だった。



「紫原、立て! 立つんじゃ!!」

「もー無理腹へったし……いないし…」

「監督がいなくなったらこれアル」



ふう、と呆れた溜息を吐く劉の声が、距離のあるこの場までよく聞こえた。
なるほど、こっちもこっちで我儘な一年を持て余しているということか。



「キセキの世代がなんぼのもんじゃい…」

「口調、口調」

「ただのクソガキじゃないのあんなの…畜生監督来たらマジでチクってやる」



そしてメニュー増やさせてやる。
他の部員の練習の妨げになるなら、エースと言えど容赦はしない。寧ろ一年からエースを名乗るなら、レギュラーに混じる分その責任を隈無く果たすべきだ。



(どいつもこいつも…)



福井の窘めも気に留めずイライラと足踏みしたいような気分になっていると、背後にある扉の方から小走りな足音が聞こえてくる。
それからすぐに控え目な声に名前を呼ばれて、振り返ると少し前まで頭に思い浮かべていた新入生が体育館へと入ってくるところだった。



「お疲れさまです! 記録は取り終えて、各々の特性までは把握しておきました。今は一応二人一組でストレッチしてもらってます。それで、次の指示をもらいたいんですけど…」

「…みょうじさん、いやなまえちゃん…」

「? はい?」



不思議そうに、ぱちりと瞬きをしながら首を傾げる彼女に、寸前までの苛立ちもすうっと収まっていく。
そう、これだ。後輩は斯くあるべきなのだ。
礼儀正しく謙虚でありながら、細かい配慮ができる。

こんな子ばっかりだったらなぁと、再び思わずにはいられない。



「なんだ、まともな奴もいんじゃねぇか」

「そう。なまえちゃんはレギュラーの方にも回ってほしいくらい仕事できるし…」

「え…と…」



本当に引き抜いてしまおうか。監督に説明すれば確実に通る気がする。
私がそう本気で考え始めた時、それまでざわめいていたレギュラー陣の中で一番やる気のなかった声が、はっとしたように叫んだ。



「なまえちん!!」

「は?」

「ああ?」



今の今までやる気もなく駄々をこねていた一年が、急に立ち上がったかと思うと小走りにこちらにやって来る。
その目は見たことがないくらい輝いていて、お前マジで紫原敦か、と入部からこれまでのだらけた態度や我儘具合を見てきた私は突っ込みたくなった。

けれど、問題はそこではない。



(今)



なまえちんって、言った?

どう考えてもそれは私の唯一可愛いと思える後輩に向けられた愛称で、しかも紫原のような体躯の人間に勢いよく近付かれて見下ろされても、私の目の前に立つ彼女は畏縮するどころか困り顔でも微笑んでいて。



「紫原くん、練習サボっちゃ駄目だよ」

「えー…なまえちんまでそう言う…せっかく会えたのに」

「だから、格好いいところ見せてほしいな」



お願い、と一回り以上大きな手を取ってにっこりと笑う、彼女の動作はいやに慣れたもので。



「……んー、まぁなまえちんが言うなら、仕方ないし」



まんざらでもなさそうに目線を逸らし、上機嫌に元いた位置に戻り今度こそ練習に打ち込み始めた一年坊主の姿に、開いた口が塞がらなかったのは私だけではなかったはずだ。

その時はまだ二人の関係を知らなかった私にしてみれば、よく出来た後輩だと思っていた彼女がその瞬間は猛獣使いか何かのようにさえ思えていた。








部活動観察記





「あの…紫原くんが迷惑をかけてるみたいで…すみません」



それからすぐ、練習を再開したレギュラーを見守りながら申し訳なさそうに頭を下げた彼女の行動にも、驚かされた。

だって、まるで保護者か何かのような口ぶりだ。



「え、あ、いや…てか、同じクラスとか?」



その違和感に気付いたのだろう。福井の顔も引き攣っている。
気持ちは解るので、からかうことはできない。

しかし彼女はその問い掛けには静かに首を横に振って、少しだけ迷うように数秒置いた後、衝撃の事実を下してくれた。



「実は、その…お付き合い、してるんです…」



紫原くんと。

照れぎみに、俯いて吐き出されたその言葉の意味が、一瞬理解できなかった。



「……マジでか」



嘘だろ。こんないい子が、あんなクソガキと。

思わず走った目眩に頭を抱えた私は、悪くはないと思われる。
でも、それなら扱い道は格段と上がるのではないだろうかと、計算できた私はやはり図太くもできているのだ。



(なまえちゃん、レギュラー付き決定ね)
(え、え!? いや、私まだ入部したての下っぱで…っ)
(紫原扱えるのは貴重よ。しかも仕事裁きは申し分ない。大丈夫、私が楽したいだけだから)
(秋田の女は言い出したら聞かないからなー。諦めろ、な?)
(えええ…っ)

20130211. 

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