※届かないあの月に齧り付く、の裏側の話のつもり
その二人は、常に寄り添って離れることがなかった。
クラスでも特別仲が良いと評判の二人は、まるで生まれた時から傍にいる双子のようにお互いを何よりも大切に想っているようで。
その仲に割り入ろうとする人間はおらず、割り入れるはずもないと誰もが納得しているようだった。
みょうじなまえと関わるようになったのは、クラス委員を割り当てられ、その仕事を共に熟すようになったのが切っ掛けだ。
傍にいる時間を持てば、自然とその人柄は見えてくる。親友だと語る片割れとも会話する機会が増えたのも、至極自然な流れだったと言えよう。
「最近赤司くんになまえ取られてるみたいで寂しいんだけど」
「プライベートに立ち入った記憶はないよ」
「立ち入らせるわけないじゃん。ねーなまえ」
「な、なおちゃん赤司くんに失礼だよ…」
こちらに解りやすい不満をぶつけながら彼女に抱き着く片割れ、三柳の態度は子供のような嫉妬心に溢れていて、それを面白く思う気持ちも確かにあった。
けれどそれよりも目についたのは、細い腕に囲まれながらはにかむ彼女の表情。
そのあまりの柔らかさに、目を奪われることが日に日に増えた。
「みょうじは本当に、三柳が好きだな」
苦笑を象り、溜息と共に吐き出した言葉に、されるがまま抱き締められる彼女はぱちりと瞳を瞬かせて、それから再びふわりと相好を崩す。
「うん、大好き」
その声が溶けた部分から、空気まで甘くなりそうな馬鹿げた幻想を抱く。
それくらい愛しげな囁きに、三柳は私も大好き、と叫んで更に強く彼女の身体を抱き締めた。
*
その二人は、常に寄り添って離れることがなかった。
クラスでも特別仲が良いと評判の二人は、お互いを何よりも大切に想っているようで、その仲に割り入ろうとする人間はいなかったはずだった。
その日は委員の仕事が放課後まで長引き、みょうじとは別の用件で職員室に行かなければならなかったオレが教室に戻ると、彼女は窓際から外を見下ろしながら立ち竦んでいた。
いつもならば彼女の用事を待って部活にまで一緒に向かうはずの女子の姿がないことに、覚えたのは疑問ではなく確信だった。
時間を共にすればするだけ人柄も事情も浮かび上がる。
ここ最近の彼女達に、見えない膜のようなものを感じていたことを思い出す。彼女から距離を空けて隣に並べば、細い肩が揺れたのが視界に入った。
「みょうじは本当に、三柳が好きだな」
窓の外には、彼女の愛する片割れが見えた。
別クラスの男子と肩を揃えて、校門を潜るとその影は見えなくなる。
ひくり、と喉を鳴らして蹲み込む彼女の痛みが、同じようにこの胸を抉る錯覚を起こした。
「っ…言わ、ないで…お願い、赤司くん…」
「…みょうじ」
「私が、おかしいだけなの。私だけが」
だから、言わないで。
震える声が、床に落ちる水滴が、その傷の深さを物語る。
(好きなだけ、か)
ざくりと、抉られる痛みが身体に響いたことには、気付かないふりをする。
彼女は、三柳を愛していた。
それは恐らく世間一般では後ろ指を指される感情であり、実る確率も限りなく低い想いで。口にしてしまえば最後、相手を裏切る刃にしかならない。
まるで愚かな御伽噺のヒロインのように、彼女の想いは愛する人を傷付ける選択肢しか持たなかった。
優しく、正しい愛を知るからこそ、彼女にはそれが理解できていた。
そして理解できるからこそ、口を閉ざしたのだ。
「言わないよ」
同じように、膝を折り向かい合いながら、紡いだこの声も、滑稽なほどに痛々しかった。
馬鹿馬鹿しいことだと理解して、それでも拒む気には到底なれない。
言えるものか。
彼女が、守り通した想いを。必死に留めて、飲み込んだ言葉を。痛みばかりの愛情を。
誰が暴いて否定できるのか。
誰がその自虐的な優しさを、無駄にできるのか。
ずっと、見てきた。
いつだって小さな幸せに綻ぶ顔を、その心ごと見透してきたというのに。
「赤司、く…」
「言えるわけが、ないだろう」
どうしようもなく、気道を塞がれるような息苦しさに眉を顰める。
震える肩を引き寄せて、腕を回しても足りない。小さな彼女の身体は捉え所がなく、この腕に囲っても一瞬の内に分離して消えてしまいそうだった。
身を焦がすような深い想いは優しく、儚く、行き処もなく泡沫に消える。
(嗚呼)
愚かな王子は気付かない。人知れず消え行く彼女には。
痛々しくどこまでも純粋な恋を、それでも彼女は捨てきれなかった。
あの御伽噺の主人公のように、報われない最期を選ぶのだ。
「なお、ちゃ…」
好き。大好き。ずっと、好き。
男の腕の中で縋るように片割れを呼ぶ、彼女の恋情は鋭くこの胸を突き刺し続ける。
人魚の哀しみに触れる
それなら、この身で。
その泡の一粒すら逃さずに、総てを飲み干してやりたかった。
20130209.
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