例えば世の中が騙す人間と騙される人間で分けられたならば、彼という人は迷わず騙される側を選ぶのだろうと思う。
高校生活二年目にして初めてクラスメイトとして接することになった水戸部くんは、とにかく無口で穏和、人畜無害という言葉がよく似合う人だった。

誰かが困っていれば自分まで困り顔で悩み始め、また誰かが喜んでいれば自分もほっと表情を緩める。
上背もそれなりにあり一言も声を発しないとなれば近寄りがたい印象を抱かれるように思うが、そんなこともなく。存外動く表情筋により喜怒哀楽ははっきりと分かるので、特に遠巻きにされることはないようで。

明確なコミュニケーションを要する場合には、若干困る人間もいるけれど。

そんな彼を観察し続けていた甲斐があったのか、幸いなことに私は、彼の言いたいことをなんとなく察することができるレベルまで達していた。
そしてそうなると、通訳係として扱われることも増えるわけで。自然と彼と接する機会も、更に増えていくわけで。



「水戸部くんは強いね」



近寄れば、人間は中身が見えやすくなる。
だからこそ気付くことは増えるし、よくない部分だって晒され始めると思うのだけれど。

歪みないなぁと、思うのだ。彼を見ていると。



「…?」



唐突な私の呟きにきょとんとしながら首を傾げる彼が、意識してそう在るわけではないことも理解しているので、私は一人笑みを深める。

彼は、優しい。それは周囲の誰に聞いても肯定されるだろう事実だ。
けれど、言葉を扱わない彼の強さをどれだけの人が気付いているだろう。

言語は盾であり、矛である。
時に自分を守り、時に誰かを攻撃する。間違いなく一番質の悪い武器。
言語の違いが争いを生むし、誤解が人の縁を切り裂くことも多くある。

けれど持たなければ確実に人とは繋がれないという、なんとも厄介な代物で。

彼がその手段を完全に捨ててしまったのかまでは、私には判らないけれど。
それでも、自分が人と繋がるための手段を遠ざけても、誰かの平穏を願うような人だということを既に私は知っている。



「雨曝しなんだもん、水戸部くん」

「?」

「でも傘を差し伸べてくれる人がいるとこが、人徳だよねぇ」



不思議そうに首を傾げっぱなしの水戸部くんは、解らなくても構わない。
例えば彼が騙されてしまっても、彼を見捨てない人間が確実にいること。それがきっと世界の正しい美しさだと思う。

言葉を捨てられない私は同じようにはどうしたってなれないし、憧れだけが募るのだけれど。
それならそれで、私もその傘を差し伸べる係りにくらいは、なりたいと思うのだ。



「水戸部くんの気持ちは、私が肩代わりするからね」



届いたってきっと誰も傷つけない声は、ちゃんと私が言葉にしよう。

そう言って笑えば少しだけ驚いたように瞳を瞬かせた彼が、いつもよりも更に嬉しそうに相好を崩した。






糸電話、糸なしにつき




届かない声だって拾ってみせるよ。
棘のないあなたの言葉なら。

20121115. 

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