最初から、それは多分本当に、顔を合わせた瞬間からずっと、変わらない。
誰よりも賢くて正しい赤ちんの隣に、出逢った当初から居座っていたその子のことは、生まれた時からの幼馴染みだと本人から聞いた。
赤ちんほどじゃなくても賢くて真面目で、周囲を取り囲む空気からして綺麗な子だった。その子が歩いた道は空気が澄んで見えると、誰かが言うのを聞いたこともある。
赤ちんの隣に並んでも、見劣りしないくらいの印象を持ったその子は、一人の敵もいないんじゃないかと思うくらい誰からも好かれて、そして誰もが赤ちんの隣に並ぶことを当然のことだと思っていた。
それは、オレだって同じ。
(完璧じゃん)
誰よりも正しい赤ちんと、誰よりも綺麗ななまえちん。
二人が並ぶと、まるで有名な絵画を鑑賞しているような気分になる。
正しく、美しく、完璧で隙がない。これ以上の形なんて存在しないと、オレが思うくらい二人は似合っていた。
だから、きっと二人は好き合っていて傍にいるものだと思っていた。
それはオレだけに限らず、学校中で二人を知る人間は皆、そう思っていたはずだ。
だから最初は信じられなかった。
その、当たり前だったはずの完璧な形が、簡単に崩れ落ちるものだったなんて。
「あれー、なまえちん一人?」
部活も終わって着替えてしまって、早く帰ってご飯が食べたいな、なんて思っていた時だった。
携帯を片手に校門に寄り掛かって、薄暗くなる空を見上げていたその子を見つけて、つい驚いて訊ねてしまう。
いつも行き帰りは赤ちんと一緒だったはずの子が、一人で立ち尽くしているのを見て不思議に思わないはずがない。
オレが歩いてくるのは知っていたのか、あまり驚かずに見上げてきたその子は眉を下げて、笑顔を作った。
「今日から一人、かな」
「は?」
何で?
ぱちくりと、目を瞬かせるオレを見てその子の苦笑が深まる。
その顔に、心臓の辺りに何か、ざわりとした感覚が走った。
「征十郎は、好きな子に寄り添いたいみたいだから」
「…は? 意味解んないんだけど」
「あはは、敦くんも勘違い組か」
困ったように笑う、その子が口にした言葉が解らない。
赤ちんの好きな子って、なまえちんじゃないの。
苦いんじゃない。寂しそうに笑っているその子に、問い掛けるより先に答えを突きつけられても、すぐには信じられなかった。
「征十郎も私も、お互いのことを恋愛対象にはしてないよ」
「は……?」
「征十郎には、密かに好きな子がいたしね」
「嘘でしょ…だって二人いつも一緒にいたじゃん」
「あれは…楽だからそうしてただけだから」
征十郎といたら、一人で目立たずにすむでしょう。
少しだけ肩を竦めてその子の吐き出した答えを、オレは何となく理解して首を振る。
信じられなくて、否定したくて仕方がなかった。けど、それがもしかしたら、その子には苦しみだったのかとも、気付いた。
(この子は)
違ったんだ。
赤ちんとは、違うものだったんだ。
そんなことに今更気付いて、見下ろしたその子はとても小さかった。
この子には本当は、“憧れ”は重かったんだと。
唐突に、理解した。
「征十郎も酷いよね、一人だけ簡単に捕まっちゃって」
「なまえちん」
「…置いていかれちゃった」
重い“期待”“憧れ”を、二人はきっと背負い続けて。
でも赤ちんはなまえちんより強いし賢いから、振り払い方も知っていて。
大切なものを見つけたから、自ら望んでその場を飛び降りた。
じゃあ、その場所に取り残されたものは、どうなるのか。
振り払い方も知らない、捕まえてももらえない綺麗過ぎる、片割れ。
今にも消えてなくなりそうな声で、呟いて俯く、この子は。
(捕まえても)
もらえない?
ざわり、と腹の中で蠢くものは最初から、それは多分本当に、顔を合わせた瞬間からずっと変わらずに、渦巻いて蠢いている。
「ねぇなまえちん」
それならさぁ、と、低く重くなる自分の声に唇が歪む。
溜まる唾を飲み込んで笑うオレは、獣みたいだと自分でも思った。
「引きずり下ろしてあげよーか」
オレが。
噛み付いて、捕まえてあげようか。
そうしたら寂しくも苦しくもないよ。押し潰すものは代わりにオレが、振り払ってあげる。
「あ…」
「捕まえた」
驚いて顔を上げたその子を、逃がしてあげる気は更々なかった。
だって最初から、本当に最初から、この綺麗なものを収めたくて仕方がなかったんだから。
完璧な片割れよりずっと、芳香を漂わせる、この月が。
片手でも簡単に覆える頬を両手で押し潰すように挟めば、ゆっくりと上がる熱を感じる。
オレを見上げて呆然としていたその子は、最後に彷徨わせたその目を目蓋の裏に押し隠した。
届かないあの月に齧り付く
太陽が堕ちて輝けなくなったなら、オレが美味しく食べてあげるよ。
20130208.
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