自分が子供に甘い自覚も、面倒見が悪くないという事実も、昔から受け入れてきたことではあるのだけれど。
それが行き過ぎれば麻薬並みの依存性を生むことだって、解りきってはいたはずだった。
異分子は注目対象であり、物珍しければ目を付けられやすい。
だからこそ、密かに能力は引き延ばしながらも人前では少しだけ賢い普通の女の子を演じようとした私の企みは、私の大切な枠組みに居座るその子供により、いつだって打ち破られてしまう。
「なまえ、帰るぞ」
真新しいランドセルに筆箱や教科書を詰める私の背後、べったりと張り付く征十郎の行動は今に始まったものではない。
けれど、男女意識の芽生え始める幼い子供にしてみれば、じゃれつきの範囲の行動であっても酷く過激なものに写るのだ。
「あっまた征十郎、なまえにくっついてる!」
クラスで騒がしい部類の男子は、少しでも面白いと感じればすぐに騒ぎ立てようとするし。
征十郎に想いを寄せる女子達は女子達で、あからさまな嫉妬の目を向けてくるし。
正直、本当にキツい。傷付くことはないけれど、煩わしいし面倒臭い。
そして、そんな思いから項垂れる私を察して、未だ小さな手で優しく私の頭を撫でてくる征十郎の優しさにも、突っ込みたい。
慰めてくれるのはいいけど、概ね君の所為だからね?
「はぁ…」
そういうことはしちゃダメだの、エロいだの、好き勝手騒ぐ子供達に構う気力は私にはない。
溜息を吐きながら閉じたランドセルを背負うために立ち上がれば、するりと首から解けた手は自然な流れで私の空いた手を握ってくる。
この、慣れた手付きが考えものだった。
「騒がしいな」
「征ちゃんが煽るからでしょう…」
特に不快にも思っていない…というよりは、相手にしていないのだろう。いつも通りの表情で呟かれた言葉に、私は呆れることしかできない。
(こうなるはずじゃなかったのになぁ…)
私としては、子供に混じって少しは無邪気に年相応に、育ってほしかったのだ。この子には。
けれど、家は近くクラスどころか習い事でも常に一緒。突き放すタイミングでもどうにも踏み切れず、結局この子を甘やかしては後悔することの繰り返しだった。
これは絶対、私の意思の弱さだけが問題なわけではない。
着々と埋められていく外堀を見つめながら、私は乾いた笑みを浮かべる。
好かれるのが嫌なわけはない。けれど。
しっかりと指を絡めて握られた手は、確実に騒ぎの一端を担っていた。
*
「ねぇ征ちゃん、これ、やめない?」
騒ぐクラスメイト達を殆ど無視する形で教室を抜け出し、帰り道を歩く。
これ、と繋がれたままの手を持ち上げてみると、振り向いた隣を歩く子供の赤い瞳が、きょとりと丸くなった。
こういうところは狙ってやっていないから、可愛らしいと思える。
「どうして?」
「どうしてって…だって、周りが騒ぐの嫌でしょう?」
征十郎だって、気にはしていない様子でも無駄な騒ぎは嫌う質だ。
それを指摘すれば、何かを考えるように繋いだ手に視線を落としたその子供は再び私の顔をまじまじと見つめてきた。
ああ、これは駄目だ。
その口から聞く前に、答えが解ってしまう自分が悲しい。
「騒がしいのは嫌いでも、なまえに触れないのは困る」
「……えー…と、征ちゃんは恥ずかしくないの?」
「なまえだって恥ずかしがらないのに、今更だな」
くそぅ…本当に子供らしくない。
そこは意識し始めの小学校低学年らしく、女子との関わりを恥じてほしいところだった。
けれど、当たり前と言えば当たり前の答えでもある。
征十郎はその才から同年代に混じりきらず、相変わらず私の傍から離れようとしないのだ。
だからその世界は私と同じく、酷く片寄っているのだろう。大切でもない人間に何を言われたところで、気に掛けもしない。
私も随分と大事に想われているなぁ…なんて、軽く現実から目を背けながら思う。
その執着が心地好いのも、虚しいことだが事実だ。
(どうしようもないな)
どうしようもないから、もう少し、もう少しだけ。
そうやって自分ごと大事なその子を甘やかしてしまう私は、恐らく軽度の中毒症状くらいは起こしている。そんな自覚も、確かにあった。
毎日、2つ
指を絡めて、身を寄せる。
今はまだ幼い時間に浸りながら、呆れた吐息は私の中に溶けて消えた。
20130206.
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