元々、女同士の形式的でありながら粘着質な付き合いには向かない性格だということは自覚している。
だからこそこの左頬に走る熱を帯びた痛みも、鼻で笑い飛ばすことくらい簡単だった。
この程度の痛みで切り離せるなら、友情も随分と安上がりに出来ているものだ、と。
「っ…最低…最悪だよ! なまえがそんな人だなんて!」
女の武器を最大限に活かす、化学物質で整えられた顔がぐいっ、と近寄ってくる。
わざとらしい甘い香りに眉を顰めたくなるのを堪えながら、厳しい叱責を受け止めて笑った。
(最低?)
誰がよ。
自分の汚さを無かったことに、勝手なことをほざく目の前の“親友”に失笑が漏れた。
「な…に笑ってんの!?」
人の男寝取っておいて!!
そう熱り立つ女は、無知であるから愚かだった。
彼女曰く私が寝取ったという恋人が、どんな立ち位置にいる人間かも知らずに責め立てる様は実に滑稽なものだ。
だって、私、言ったじゃない。
アイツのことが、好きなんだ、って。
「横恋慕からの寝取りが得意なのは、そっちじゃないの?」
「わっ…私はそんなこと!」
「他人の好きな相手を先に手に入れる優越感が好きなんだもんねぇ、アンタは」
「っ!!」
カッとなって振り上げられる手を二度も食らう前にその手首を掴んで捻りあげれば、簡単に悲鳴を上げる“親友”。
離してよ、と叫ぶその顔に今度はこちらから近付いて、私はにんまりと笑みを深めた。
「ざーんねーんでーしたー。アレ、演技なのよねぇ」
「っ…はっ?」
「私がアイツを好きだって言ったのも、アイツがアンタに惚れたのも、ぜぇんぶ演技。計算よ」
総ては蜘蛛の糸の中で起こったこと。
汚く歪んだ女の目に写る、私の笑顔は愉悦に溢れている。
粘着質な女同士の関わりが、私は元々苦手だった。だからといって体よく利用されて引き立て役になるのも、真っ平御免だった。
自分の自由を一番に、外れ者として生きる私は見ようによっては格好の餌にも見えただろう。この“親友”の性格、性癖を考えれば、わざとらしく親密ぶっては周囲からの叱責を避ける盾に扱い、内では私に劣等感を与えて楽しみたかったのだろうとも予想がつく。
(でも、残念でした)
一人で居たって私は彼女ほど愚かではないし、竹篦返すためのカードは最初から握り締めている。
べたべたと私に貼り付いていいように動かそうとする“親友”は、それこそ彼女が私に目を付けた瞬間から、排除対象なのだ。
胸くそ悪い女を“親友”と呼ぶのも、これでおしまい。
我ながら中々に鮮やかな幕引きだ。
「知らなかったでしょう? 私、最初からアイツと付き合ってたの」
「!?…な、ん…」
「アンタがよく男を横取る噂は耳に入ってたから、遊んでやったのよ。ふふ、どうかな? やられる側も楽しい? 聞かせてよ、ねぇ…どうして泣くのかな?」
アンタ、同じようなこと何度もしてるんでしょう?
傷付いたと言わんばかりの表情で、丁寧に縁取られた目から涙を落とす彼女は笑えるくらい不細工だ。
「っなまえ、は…っ」
「うん?」
「私が、嫌いなの…っ?」
「何だ。何言うのかと思ったら」
そんなことか。
縋るように見上げてくる潤んだ瞳にも判るよう、満面の笑みを貼り付けてあげる。
「大っ嫌いに決まってるじゃない」
じゃなきゃ、駒にして遊んだりしないよ。私はそこまで、性格が悪いわけではないんだから。
言うなればこれは因果応報のお話であって、私に非は一つも存在しないのだ。
これぞまさに外道
「ひっでぇ女」
「乗っかった人間が何を言うやら」
泣きに泣く“元親友”を教室に置き去り、退散しようとしたところで壁に寄りかかる“恋人”を見つけて鼻で笑う。
楽しくて仕方がなさそうな歪んだ笑みを見ると、こいつもこの展開を待ちわびていたのかもしれない。
「ゴッコ遊びは楽しくなかった?」
「バァカ。ドミノは倒すから楽しいんだろ」
「そりゃそうだわ。ま、並べ仕事お疲れ様。やーっと開放されるわ」
疲れたんだよねぇ、粘着女子の相手。
オレの方が疲れてるっつの。
そんな愚痴をお互い吐き出しながら歩き出そうとすれば、伸びてきた指先に先程殴られた頬を掴まれる。
びり、と走る痛みに眉を顰めた瞬間、押し付けられた唇に何の抵抗もなく目蓋を下ろした。
それでいて、2、3度重なりながら深まる接触が途切れれば、私はその唇を袖で拭うのだけれど。
「何の真似かな真くん」
「口直し」
「わー…サイテー」
さっきアイツのグロス食って気持ち悪ぃ、と舌を出す男に軽蔑の眼差しを向けても、褒め言葉にしかならないのは満足げなその顔を見なくても分かりきったことだった。
(ていうかそれ私までアイツと間接キスじゃん…ないわ…)
(ふはっ、ザマァ)
20130205.
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