声が欠片になって落ちてくるものなら、きっと食べたらとても甘い味になるんだと思う。
部活が終わって、オレとなまえちん以外のいなくなった部室。
機嫌が良いときによく口遊まれる鼻歌を奏でながら部誌の確認をしているなまえちんの頭に寄り掛かるように自分の頭を預ければ、重いはずなのにその音が途切れて小さな笑い声が届いた。
「なぁに、紫原くん」
さっきまで柔らかな音を刻んでいた声が、同じ柔らかさで名前を呼んでくる。
胸の内側を擽られるようなむず痒さを感じて、何を思うよりも先に口元が笑うのが判った。
「んー、疲れたからなまえちん充電」
「今日も頑張ってたもんね」
偉いよ、と、持ち上がった片手が髪の中に突っ込んできて、指先でなぞるように撫でられる。
たまにこんな子供扱いみたいなことをされても、なまえちんだけは嫌だとは思わない。寧ろもっと、触っていてほしくなる。
(寮って面倒…)
好きな時に好きなだけ、好きな子といられたら幸せなのに。
現実はそんなに優しくなくて、門限だとかの規則に縛られるとそんな願いは叶わない。
まぁ、でも、叶ったら叶ったで逆に困るとは思うから、今でもなまえちんが傍にいてくれるだけで充分幸せなんだけど。
行き来が自由でいつでもいちゃつけたら、絶対どこかで我慢もできなくなるのは解ってる。
「なまえちん可愛い」
「…急だなぁ」
「いっつも可愛いから、言ってたら切りないんだよねー」
「可愛い、だけ?」
「大好き」
くるん、と見上げてきた目が何を訊ねたいのか解るようになった。
それが嬉しくてへらへらした顔になっても、なまえちんはふざけているとは思ったりしないから、それもまた嬉しくなる。
解るんだよね。大体、解ってきた。
凄いことだと思う。好きだと思う自分の気持ちにも気づけなかったようなオレが、なまえちんの表情や仕草を見れば、どんな思いでいるのかも解るようになるなんて。
それだけ成長できたのも、ずっと好きでいられるのも、好きでいさせてくれるなまえちんも、凄い。
オレの答えを聞いて赤くなっていく頬が可愛くて、唾を飲み込む音を殺しながらもっと姿勢を倒せば、驚いた声が空気を震わせた。
「む、紫原くんっ…?」
制服に着替えたなまえちんの膝に頭が乗るように身体をずらして、ベンチから膝より先が落ちるのは我慢する。
目の前にきたお腹の部分に顔を埋めると、ひゃあ、と可愛い声が降ってきた。
(今のも甘そう)
食べたら、絶対美味しいと思う。
慌てるような、でも嫌がってるわけではなさそうな、戸惑いでいっぱいの声がくっついている部分から振動でも伝わって、気持ちがいいけどまだ足りなかった。
本当、食べられたらいいのに。
「む、紫原くーん…」
「充電ちゅー」
「恥ずかしいんだけど、なぁ…」
「なまえちん可愛いー」
「ひっ、引き寄せないで…解ったから、このままでいいから…っ」
恥ずかしがり屋のなまえちんは、恥ずかしいことを重ねると少しだけ妥協してくれる。それも、触れ合っていく内に覚えたこと。
空いた手で腰を引き寄せようとしたことに気付いて慌ててキープしてきた声に、オレの隠れた顔がにんまり笑う。
「もー…」
ズルいなぁ。
落ちてくる声も、髪を梳いてくる指も、浸りたくなるくらい優しい。
ズルいのはなまえちんだよ。そう思いながら、ゆっくりと寄ってくる眠気に身体の力を抜いた。
奏でたい旋律
もし、声が欠片になって落ちてくるものなら、なまえちんのそれはきっととても甘い味になる。
音だけでも甘いものを飲んだ後のような感覚が胸に広がるから、同じ甘さをなまえちんの胸にも、たくさん返してあげたかった。
20130204.
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