本を読むのが好きだった。
それに携わる人の生涯を辿るのも、好きだった。

自分でも筆を執ってみるようになったのが何時だったかは、あまり覚えていないし判断が付かない。
ただ、恐らく最初は、たった数行の短い詩から始まった気がする。

読み物ならば手に取った。意味が解らなくても繰り返し読んだ。それでも解らなかった時は本棚に返して、ふと、今なら解るかもしれない、そんな予感を感じてはまた手に取り、少しずつ噛み砕いていく感覚が心地よかった。
その内に思想や半生を描いた書物に影響されて、私の知り得ない時代を生きた人々の生活を想像するようになった。

遠過ぎる時代は鮮明には遡れない。映像や音声で残されているところまでが、私の想像の域の精々だ。
それを本来の時代とゆっくり照らし合わせ、古くからの名称やしきたりは一つ一つ調べながら筆を進めるのは、単なる一人遊びであっても楽しかった。
過去を生きた人と自分の確かな繋がりを感じて、じわりと胸に広がる感傷に浸ることも、心地好くて。

ただ、その楽しみが同年代の人間に理解されないことは、理解していた。
多感なこの時期に少しでも変わったことをすれば、排他されてしまうことも。解っていたことだったのに、私は失敗してしまった。



「何だこれ?」



失敗と呼ぶには、悪意が裏付けられ過ぎていたようにも思う。
元々自分の意見を表に出すことが苦手だった私は、人と折り合いを付けるのが下手ではあったし、楽な方へ逃げていた自覚はある。
陰口を叩かれることにも見て見ぬふりをして、最低限の関わりを求めなかった。その態度が悪いということも、解ってはいた。

それでも、無理をして馴染むために大切なものを切り捨てる選択はできなかった。
どちらも取れるほど器用でもない私は、大事に抱えたものを守れれば、それだけでよくて。
踏み込まれたくないものが人より大きかった。それだけの、ことだったのに。



「うわ、キモッ。見ろよこれ」

「なにこれ、小説?」

「みょうじさんっていつも黙ってると思ったら、こんなの書いてたんだー?」



ぶつかられた衝撃で散らばった原稿用紙を、私より先に奪い取るクラスでお調子者とされる男子の手に、心臓が凍り付いたような気がした。
しゃがみこんだ体勢のまま、ぎしりと固まった身体がうまく動かない。

どくん、どくんと必死に鼓動を刻む音が、大きく耳に響く。
やめて、と、たったそれだけの言葉も吐き出せずに縮こまる私の上で、クラスメイト達の嗤い声が数を増していく。



「ねぇそれどんな内容? やっぱ恋愛もの?」

「似合わなっ!」

「以外とグロ系だったりしてなー」

「後で回そうぜ」

「やっ…」



やめて。
それだけは、やめて。

私の世界を、大切なものを誰かにひけらかすつもりなんて更々ない。
それにまだ、私はただ一人で書き続けていたい。どれだけ馬鹿にされたって、大事に抱えてきたものなのだ。簡単に奪われたくない。邪魔されたくない。

だって、それは、私の、



「っ…返し、」

「失礼」

「!? え、あ…赤司くんっ?」



て。
まで言い切る前に、一つだけ涼しげな声が空気を切り裂いたようだった。

ざわりと、一瞬前までとは異なるぎこちないざわめきの中で、いつの間に奪い取ったのだろうか。
私を囲むクラスメイト達の更に後ろ側、束になった原稿をパラパラと捲り始めた彼の姿に、私だけではなく騒いでいた人間全てが唖然とする。



(あっ)



読まれている。読んでいいなんて、言っていないのに。

ページを捲る手は速く、そのことに気付いた頃には既に残り三、四枚となっていた。
慌てて立ち上がった私が近付こうとすれば、一人自由過ぎる空気を纏った彼の目に真っ直ぐに貫かれた。



「みょうじさん…これは君が?」

「っは、はい…」

「そうか…モデルは誰かが?」

「え、い、一応…亡くなった祖父を…聞いた話とか、想像で辿って…」

「なら、史実は調べて照らし合わせたのかな。所々拙い部分はあるが…好い」



え…?

自然と数歩引いていたクラスメイト達の間を縫い、近付いてきたその人から差し出された用紙を震える手で受け取ると、そのまま上がった手に、落ち着かせるように頭を撫でられた。
逆にわけも解らず狼狽える私が可笑しかったのか、滅多に表情を変えない赤司征十郎というクラスメイトは、ゆるりと唇に弧を描いた。



「オレは好いと思う。が、他には過ぎた内容だな」

「あ…」

「また読ませてもらえると嬉しいな。中々興味深かった」



漸く褒められていたことに気付けば、離れていく手先にどくん、と心臓が鳴く。
反射的に見回した周囲はどこか気不味げに距離を取り、視線を逸らしていて。その様は不自然ではあったけれど、先程のように胸は痛まない。

自分の席に引き返そうとする彼の背中が、この目にはとても広く映った。



「あっ、の、赤司くん…っ」



緊張で掠れ気味になった声にも、彼はきちんと振り向いてくれる。
ぱちりと、瞬いた双眸を見返して、私は必死に思考を巡らせた。

ありがとう。私の世界を、暴かないでくれて。守ってくれて。
違う。足りない。もっと、何か。



「あ……背番号っ!」

「背番号?」

「赤司くんの、背番号を…聞いてもいい、ですか…?」



彼が、強豪と呼ばれるバスケ部でその代表を務めていることはそれなりに有名だった。
スポーツにはあまり興味がなかったからよくは知らないが、天才と呼ばれる五人の選手の中の一人だと。



「4番だが…」

「! ありがとう…っ」



不思議そうな顔をしながらも答えてくれた彼に、初めて笑顔を向ければ、驚いたように目を瞠られる。
けれど、今は構っていられない。



(4番…)



ギリギリ、間に合うか。捩じ込めるか。無理矢理ではいけない。巧く、組み込んで作り上げなければ。

彼の態度に触発されたのか、口々に謝ってこようとするクラスメイト達は視界に入れず振り切って。
私は一人、私の世界を開き出す。







伝記44頁4行目




この感動は、私自身の気持ちに他ならないけれど。
並べた感謝をきっと貴方は、読み取って受け取ってくれる気がした。

20130202. 

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