最初に抱いたイメージは、とても鋭い人。
笑顔を振り撒きながらも他人に踏み込み過ぎない、絶妙なスタンスを勝ち取る聡い人だと思った。

毎日仏頂面で謎のアイテムを持ち歩く緑間くんに、物怖じせずに構っては冷たく当たられて。それでも周囲に嫌な空気を撒き散らすことなく、いつも笑っている。
人付き合いが巧いというのは、人をよく観察しているが故のことだ。その証に、誰かが躓くと必ずと言っていいほど的確なフォローを入れるのはいつだって彼だったし、高校生活を開始して直ぐから事あるごとに誰からも声を掛けられていた。



(凄いなぁ)



私には、真似できないな。
あんなに神経磨り減らすような生き方。

彼の笑顔はとても取っつきやすく素敵なものだとは思っても、憧れたりはしなかった。
勿論、感心はしていたのだけれど。



「真ちゃんはほんっとツンデレだからなー」

「誰がなのだよ!」

「お前がなのだよ!」

「真似をするな!!」



一学期が終わる頃にはそんなやり取りが定番化していたのも、彼の努力の結果なのだろう。
最初はあだ名で呼ばれることも嫌がっていた緑間くんが、いつの間にか彼と行動することを当然のように受け入れていた。

全く、半端ないコミュニケーション能力だと思う。
私なんて、未だに緑間くんとは用がある時に一言二言くらいしか話せないというのに。

それはいいとしても、彼の聡さを再び思い知らされて、微妙な気持ちになったのも本当で。
その頃にはパイプ的な役割まで簡単なことのようにこなしていた彼を、密かに少しだけ、心配したりしていた。
私ごときが、厚かましいとは思いつつも。









(あ)



その日、その光景を見てしまったのは偶然だった。

部活のない日に少しだけ図書室に寄っていたら、借りる本を選別している間に随分と時間が経っていたらしい。
少し傾いた日差しに気付いて、そろそろ帰ろうかな、と思い立つ。喉が乾いていたから、購買の前を通る時に水だけ買って靴箱へ向かった。

比較的近場に家がある私は、少数派ではあるけれど裏門から帰宅するのが日常で、そちら側にはバスケ部の活動している体育館があった。
そこをいつものように通り過ぎることができなかったのは、目についた水道場に手をついて咳き込む、男子の姿を見つけてしまったからで。

げほ、と、如何にも苦しげな音と、上下する肩が、目に焼き付いた。
すぐに固いコンクリートを水が打つ音も聞こえたけれど、その時には忌々しげに手の甲で口元を拭う、彼の目付きに引き寄せられる。

秀徳高校のバスケ部は強豪と聞く。そのレギュラーに一年から加われるということは、かなりの才能に恵まれてもいるのだろうと思う。
でも、それでもきっと、楽なことなんてあるわけがない。

話には聞いていたけれど、伊達じゃないんだ。
初めて、誰の目もないところで彼の本質を垣間見て、凍り付いていた身体はぎこちなく歩き出した。



「高尾くん」

「…うーわ…見られちゃった?」



私が声を掛けるより先に軽く跳ねた肩が見えたから、若干落ち着いた受け答えをされても疑問には思わなかった。
彼は、人より目がいいのだ。それも、観察していて気付いていたこと。

ちゃかすような笑顔を浮かべようとする彼に掌を向けて制止しながら、私はもう片手でバッグの中を漁る。



「えーと…みょうじちゃん?」

「ん…はい」



何してんの?、と首を傾げるその目に、先程までの鋭さはない。
彼の胸の前に目当てのものを突き出せば、きょとん、と見返された。



「スポドリの方がいいのか判んないけど、コレしかないから」

「え」

「開けてないからあげる」

「あー…ははっ、ありがと。でもあんまり気にしなくていーぜ? ってか、やなとこ見せて‥っい!」



一応はペットボトルを受け取りながら、やっぱり使い慣れた表情へ移行しようとするその頬を、伸ばした手で引いたのは衝動的な行動だった。

驚いて丸くなる目はいいとして、摘まんだ顔色は頗る宜しくない。

この人は、器用だから、不器用過ぎる。



「ひ、ひゃに…?」

「高尾くんの笑顔は素敵だね」

「へっ? あー…ありがと?」

「でも別に、笑わなくてもいいよ」

「…えーっと」



悩むように歪む眉も、悪くない。真意を探るように見下ろしてくるその目に、彼の頬から手を離しながら言い放った。



「誰もいないんだから」



気にしない私しかいないんだから、不調なのに笑顔なんて作らなくていいじゃない。

そう口にした私を呆気にとられたような顔で見てくる、彼はきっと感情そのままの顔をしていた。








小さな変化、縮まる距離




君はきっとこれからもそうあり続けるのだろうから。
それなら私はちゃんと見て、君の本質を追いかけよう。



(真ちゃん、やべぇ)
(やっと帰ってきたかと思えば…何なのだよ)
(やべぇ、アレだ。これアレだ。やべぇよどうしよう)
(日本語を話せ)
(恋…しちゃったわ)
(そうか。死ね)
(辛辣!!)

20130129. 

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