※中学生設定





彼女のことを問われた人間の、大概の回答は似たり寄ったりなものになる。
常に成績はトップクラスで、容姿も申し分なく整っている。何かをやらせて出来なかったことは一度もない。
当然ながら教師からの信用も厚く、小学生時代は保護者でさえ彼女を知らない人間はいないのではないかと思ったほどだ。

恐らく今も、大半の父兄にはその存在は知れ渡っているのだろう。
そうなれば下位の生徒間で僻みが生まれるのが自然な成り立ちだが、それもないのは一重に、彼女のもって生まれた柔軟で分け隔てない性格故のこと。

眉目秀麗を綺麗に纏う彼女は、いつだって強く、正しく、美しい。

そう、称される。



「幻想だな」



まるで、よく出来た機械人形のように模範的な人間だと、誰もが口にする。
その意見に同調しないではないが、それが全てでないことを知る人間は、やはりそうそういないのだ。

見慣れた部屋で床に座り、ベッドに腕から上を投げ出して小さな寝息を立てる幼馴染みと呼ぶべき彼女に、習うように腰を落とす。
その寝顔が健やかに落ち着いていることを確認して、無意識に深く息を吐き出していた。



「なまえ、風邪を引くよ」



柔らかく波打ちながら布団に散らばった色素の薄い髪を、伸ばした手で玩び呼び掛ける。
ぴくりとも震えない肩を見ると、かなり熟睡しているようだ。柔らかな頬を指先で押しても、呼吸は乱れない。

ミニテーブルに積み上げられた高校用の教材や学校行事の資料を見れば、寸前まで彼女がやっていたことも想像がついた。

また、無理をしている。

そう口にすれば否定されるのだろう。彼女は無理を無理と思わない性質がある。
何もかも、やれば出来てしまうが故にオーバーワークにも気付かず、周囲の期待に応えようとする姿は健気であり痛々しくもあった。

昔から、変わらない。
彼女に夢を見る人間に、夢を見せることを当たり前の義務として受け入れる。その立ち姿は確かに美しくはあるのだろう。

それでも、オレは知っている。
不意に垣間見た彼女の闇を、何時如何なる時も覚えている。



「なまえ、起きろ」



あれはまだ、周囲は自我が確立してそう経たない頃のことだった。
その頃から大人びた目をしていたなまえは、誰よりもオレの傍にいた。いたと、思い込んでいた。思い込ませるだけの安心感を与えられていた覚えがある。

その彼女がある日の昼寝の時間、何の前触れもなく唐突に苦しみだしたのだ。
途切れ途切れに息を乱し、不穏な寝言を何度も呟きながら、魘されて。



『や、あっ…しに、たくな…ったすけ、て…』



おとうさん。

異変に気付いて飛び起きた幼い耳に、その言葉達はこびりついた。
そして、戦慄を覚えた。

死というものの概念を、その時初めて理解したのだろう。
誰よりも内側に入れていた彼女が、その瞬間唐突に、とても小さく弱いものに思えて。
一瞬でその命を、存在をなくす想像ができるくらいには、既にこの脳は育っていた。

大切だと解っていた。
離してはいけないのだと解っていた。
誰よりも、この心の傍に居座る存在だと。

それでもつい、なまえが目の前からいなくなることを考えたのだ。
氷水を、勢いよく浴びせられたような気持ちだった。
幼い子供にしてみればそれはとても恐ろしい想像で、再び視線を落とした彼女の身体は小さく、弱く、薄っぺらな硝子よりも壊れやすそうに見えた。

恐怖をフィルターにしたその光景と今を重ねても、忘れられない。
どれだけ成長しようと男女の差は著しく、男の目から見れば弱々しく写る。
魘されてはいなくとも、弱く小さく、彼女は儚い。



「なまえ…起きないのなら、オレにも考えがある」



その頭に顔を埋めるように、殆ど直接耳に吹き込めば、漸くびくりと肩が震えるのが見えた。
素早く開けられた瞳と、顔を上げたこちらの視線がぶつかる。その顔色は今まで眠っていた所為か、それとも驚きの表れか、僅かに血色がよくなっていた。



「せ…いちゃん、また、勝手に部屋に入って…」



擽ったさを掻き消すようにごしごしと耳を擦りながら身を起こし、非難の目を向けてくるなまえの言葉は聞かなかったことにしてしまう。
先程までしていたように柔らかな髪に指を突っ込めば、呆れたような溜息が返された。



「何かあったの?」



いつだって他人のことを、大切な人間を優先してしまうのがなまえの美徳で欠点だ。

オレに何かあるより先に、自分が疲れきるようなことがあったのだろうに。
込み上げる嘆息を遠慮せず吐き出せば、何かを問いかけるようにその目が瞬く。



「疲れているなら、早めに寝た方がいい。オーバーワークだ」

「え? ああ…大丈夫だよ。ちょっと頑張れば終わるノルマしか課してないし」

「なまえのちょっとはちょっとの域を越えてるだろう」

「征ちゃんに言われてもね…」



説得力ないよ、と苦笑する表情に曇った部分は見当たらない。
けれど負の感情を巧みに隠す彼女の性質を知っているからこそ、いつだって油断ならないのだ。

ぐしゃりと乱した髪を気にする様子もない。
心配性だなぁ、と呟く唇が弧を描く、その仕種を信じたい。けれど。



「そう思うなら、心配させるな」



引き寄せた顔と額を重ねて、軽く睨んでもなまえはいつも、肩を竦めて笑うだけだ。



「はいはい、征ちゃん」



彼女のことを問われた人間の、大概の回答は似たり寄ったりなものになる。
眉目秀麗を綺麗に纏う彼女は、いつだって強く、正しく、美しい。

間違いではない。そう称されることを、否定する気持ちはない。
それでも。



(守りたい)



この居場所を、温もりを、彼女を。
本質を理解してそう考える人間は、きっと自分を置いて他にはいないのだろう。

歪んだ喜びと虚しさの鬩ぎ合う心を抱えながら、ぐるりと回した指先に髪を絡ませた。







ただ、君を



真綿で包み込めるなら、そうして守りたい。
幻想に惑わされない稀少なこの想いが、どうか彼女の枷を溶かせばいい。

20130125. 

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