重い身体を捻って時計を見上げると、短針は三の数字を少し過ぎた部分に位置していた。
窓の外の明るさを確認して、そこまで長くは眠っていないことを理解する。
息を吸う喉が、鈍く痛む。
やってしまったなぁ、と自己嫌悪に陥りながら枕元に手を伸ばし、確認した携帯には数件のメールが入っていた。
弟や友人、幼馴染みから送られてきた内容は殆どが私を案じるもので、つい嬉しさに頬が弛む。
昨日の夜から朝まで引かなかった高熱で身体は疲れきっているのに、それだけで楽になれる私も単純だ。
みんな、優しいな。
心配をかけるのはよくないとは思うのだけれど、気遣って送られる一言一言がとてもあたたかい。
朝に感じていた頭痛もなくなって、消耗はしていても随分と楽になった身体を寝かせたままメールを読み進めていくと、あまり目にしない名前を見つけて少しだけ驚いた。
(…テツヤくん)
何かあった時のために連絡先は交換していても、大概の伝えたいことは付箋のやり取りで伝えたり、直接会って話して終わってしまう。
だからあまり履歴には残っていないその送り先からのメールを開けば、飾り気はない彼らしい丁寧な文が並んでいた。
本を返しにクラスまで来たら、私がいなかったこと。歩ちゃんから私が風邪で休んでいると聞いたこと。
添えられた大丈夫ですか?、という一言に、彼の気持ちが込められているような気がして、少しだけ胸が苦しくなる。
嬉しいだけじゃなく苦しくなるのは、彼から受け取る言葉ばかりだ。
『部活があるのでお見舞いには行けませんが、暖かくして早くよくなってください。明日はなまえさんに会えると嬉しいです。でも、くれぐれも無理はしないでくださいね。』
どこにもおかしい部分なんてない、私以外が読めばなんとも思わない文章なのかもしれない。
けれど私が読むと、会いたいと言われているような気分になる。
(深読みし過ぎだ…)
直接そう言われたわけでもないのに、自意識過剰。
なんだか恥ずかしくなって布団に潜り込みながら、それでも早速返信する文を考えようとする自分に呆れるけれど、どうしようもない。
誰より先に、一番にそのメールに返事を書くことが当たり前になってしまうから、体調は悪くないのに苦しくて、再び身体の熱が高まるのを感じた。
熱の冷まし方
全員に返信し終えて、もう一度深く眠りに就いていた私を起こしたのは、マナーモードを切っていた携帯の着信音だった。
目を擦りながら開いてみたディスプレイに表示された名前を見て、眠気はすぐに吹き飛ぶ。
身を起こす余裕もなくそのまま通話ボタンを押して、慌ててきちんと耳に当てた。
「も、もしもしっ?」
『もしもし…すみません、寝てましたか?』
「えっ? あ、うん。でも大丈夫…あれ?」
『熱は下がったというメールは読んだんですけど、少し気になって…具合は平気ですか?』
「う、ん…喉は痛いけど大分楽になったよ。…だけど、テツヤくん部活の時間じゃ…」
ゆっくりと身体を起こし、壁の時計を確認して疑問に思う。
あれからまた眠っていたので、今は既に部活動の時間帯に突入していた。
そんな私に何でもないことのようにさらりと休憩中です、と宣った彼には驚いた。
テツヤくんの基礎体力を考えると、休憩時間は全力で身体を休ませなくては後で辛くなるはずだ。
誠凛バスケ部の合宿風景を思い出して不安に駆られた私を悟ったのか、彼は僅かに困ったような調子で口にした。
『なまえさんが弱っていると聞いて、調子が出ません』
「…え…?」
『だから、声だけでも聞けたら安心できるかと…本当は静かに寝かせてあげるべきなんですけど。すみません、我慢できませんでした』
「……っあ…うん、大丈夫。本当に具合はもう悪くないから…」
ああ、どうしよう。
言った傍から熱が上がりそうなのだけれど、彼にはバレずにすむだろうか。
(やっぱり、何か…)
会いたいと、言われている気がする。
ぶわあ、と顔面に広がる熱に浮かされそうになりながら、それから少しだけ考えて、携帯を握る手に力がこもった。
勘違いかもしれない。
けれど、そうだとしても私は…
「…あのね、テツヤくん」
『はい…?』
「明日は学校、行けると思うから。だから、私」
一度言葉を区切り、唾を飲み込む。
ひりひりと痛んでいた喉に、甘いものが広がったような気がした。
「一番に、テツヤくんに会いに行くね」
出した答えが正解なのかは判らないけれど。
『……はい』
僅かな沈黙のあとに返ってきた彼の声は、私の鼓膜を柔らかく震わせた。
20130123.
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