傍にいられれば何でも平気とか、そういうわけでもない。
「やっぱいいよなー」
「美人とは違うけど、癒されるよな。解る」
昼休みになったからなまえちんのクラスに向かって、開け放たれた教室の扉の前に立った時、偶然聞こえてきた話し声につい、意識が傾いた。
比較的廊下に近い席で話していた、男子が二人。
自然とその視線が向けられた先を辿って、ぎくりと胸の辺りがざわめく。それから眉が寄るのが自分でも判った。
前の席の女子と楽しそうに話していた顔がふと持ち上がって、オレを見つけた瞬間にぱっと明るくなる、その子の態度を見れば不安を感じるようなことはないんだけど。
今度は微かに強張った二人分の視線も一緒に返ってきたから、苦い気持ちはなくならない。
(やっぱなまえちんだったし…)
解るけど。可愛いし、優しいし、絶対この子以上にいい子なんていないって、オレも思うから解るけど。
だからって、オレ以外にこんな目でなまえちんを見る奴がいるっていうのは納得できない。すごく嫌だ。
「紫原くん…どうかした?」
「んー、何でもない」
急ぎ足で寄ってきたなまえちんには首を横に振って、気にしないでと意思表示。
なまえちんは知らなくていい。知って、少しでも気を取られてほしくない。
そう思うオレは心が狭いのかな、とも思うけど、そうだとしても治せそうにはないこともとっくに分かってる。
なまえちんにドキドキするのも、つい目で追っちゃうのも、触りたくなるのも、自分のものにしたくなるのも。
全部オレだけならいいのになぁと、この数年で何回思ったかも判らないような願望を、また飲み込むことしかできなかった。
だって、そんなの叶わないし。
口に出したら困らせるだけだってことも、もう知っていた。
*
「やっぱり、何かおかしいよね」
「え」
一足先に食べ終わった食器は片付けてきて、オレが食べ終わるのを向かい側の席に腰掛けて待っていたなまえちんが、そう言ってちょっとだけ唇を尖らせる。
多分無意識だろうけど可愛い。つい、食べたいなぁと浮かんだ気持ちはすぐ下にある昼ご飯に向けた。
(ヤバい。何か変なの昇ってきた)
なまえちんの言葉に集中しなくちゃ変なことを口走りそうで、一度下げた頭をゆっくりと顔を持ち上げれば、テーブルに両手をついてオレを覗き込んでいたらしいその首が傾いた。
「紫原くん、元気ないよね。何かあったの?」
訊ねながらも、何かあったと分かっている顔だ。
こうなったら嘘は吐けなくて、ずん、と重いものが背中にのし掛かってきたような気がした。
なまえちんは可愛いけど、こういう時は結構厄介だと思う。
「うー…んー……」
「…言いたくない?」
「て、ゆーか…なまえちんが困ると思うし…」
デザートをすくいかけていたスプーンも止めて、唸り始めたオレを見る目は真っ直ぐで、少しも汚れた部分が見つからないから余計に苦しかった。
我儘なんて言って困らせたくない。汚い気持ちも知ってほしくない。
何より、知られてどんな反応をされるかが不安だったりして。
ないとは思うけど、あんまり勝手なことを言うと嫌われたりすることがないとも言い切れない。
そんなの、考えただけで地獄だ。
だけどなまえちんはなまえちんで、知らないでいるのは嫌なのかもしれないし。
どうすればいいんだろう、と真剣に悩んでいれば、傾げられたままのなまえちんの顔が少しだけ笑った。
「困ってもいいから、聞きたいな」
「え…」
「紫原くんが悩んでることなら、一緒に考えたいの。駄目…?」
少しだけ遠慮気味に、それでも優しい笑顔で言われた言葉に、ぐ、と息が詰まる。
何それ、ずるい。
(可愛いし、さぁ…)
そんなんだから、オレ以外にも好かれちゃうんじゃん。
不満を込めてじとっとした目を向けても、慌てた表情にはなっても強張ったりはしない。
そのことには少しだけ優越感を覚えたけど、それだけで納得できるようなことはやっぱりなかった。
たとえばオレが、それでもキミが
オレが困らせても、嫌われるなんてことはもうないのかもしれない。
オレのことで頭を悩ませたり焦ったりするなまえちんを見ていると、そんな気になれる。
けど、でもさ。
やっぱり好かれ過ぎるのは、よくないと思うんだよね。
(もーなまえちんはお面でも着けて暮らせばいいと思う)
(え…?)
20130120.
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