彼を最初に認識したのは、高校に入学して初めて日直の当番が回ってきた時だった。
それまで名前だけは耳にするものの姿顔といったものは印象に残らず、それを不思議にも思っていなかった私は、初めて真正面から向き合った彼のあまりの儚さに、呆然としたのを覚えている。
当番の仕事をこなしながら少しだけ話をしたところ、どうやら彼は生来影が異常に薄いらしく、そのせいで人に気づかれないことがよくあるそうで…まさか日常生活を送る上で目の前にいても気づかれないなんて、そんな非現実的な話があるだろうかと思ったけれど。
実際彼を見ていると確かに今にも消えてしまいそうな印象を持ったから、納得するしかなかった。
(シャボン玉みたいな人だな)
綺麗な目をしているのに、すぐ消えてしまいそうなところが、よく似てる。
それから、同年代の男子に思えないくらい紳士的な人だとも思った。
それからだ。私が日常の中で彼を意識することが増えたのは。
影か薄いと言うだけあって、彼に気づくことは中々困難だった。
視界の中にいたと思ったら気づけばもう消えていたりするし、行動範囲も決して狭くはなくて。
どこにいるか、何をしているか、そう簡単には見つからなかったけれど、いつしか彼を目で追うことは当たり前のことになっていて。
そうして気付けば私は、彼を見つける度に得をしたような、嬉しい気持ちになっていった。
「なまえさんはよくボクを見つけてくれますね」
部活に向かう途中、廊下で前を歩いていた彼に気づいて声をかけると、いつも通り落ち着いた調子で返してくれていた彼がふと、そう溢した。
「そう…かな? 」
自分ではまだまだ見失うことが多いと思っていたから、軽く綻びた彼の表情に目を奪われて、声が途切れる。
淡い、儚い、綺麗な彼は、触れてしまえばぱちんと弾けて、消えてしまいそうだと思ったのに。
どうしてだろうか。
そんなことはないのだと言うように、伸びてきた手が私の前髪に触れた瞬間、心臓がびくりと跳ね上がった気がした。
影にとらわれて、恋
「そのまま」
「っへ…?」
くすりと笑う彼の表情を目にして、速まり始めた鼓動に無意識に唾を飲み込む。
糸屑がついていました、と口にした彼の手はすぐに離れていったのに、微かに額に触れた指先の感覚だけは残って。
「あ、ありがとう」
「こちらこそ」
「? え? 何が…?」
「さあ、秘密です」
シャボン玉ほど簡単に、彼は消えたりしないのかもしれない。
触れられた感触は急に現実味を帯びて、彼が確かに目の前に立つ、一人の男子なのだとまざまざと感じさせられて。
ゆるりと細くなった瞳にどこか強かな匂いを嗅ぎとってしまった私は、頬に集まる熱を感じながら立ち竦むことしかできなかった。
(あれ…あれ?)
(私、どうしよう)
(そのまま)
(見つけ続けてくださいね)
20121115.
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