幼い頃から、人見知りは激しかった。

初対面の人間と喋っている内にうまく接することのできない自分に泣きそうになることもしょっちゅうで、そんな態度だからあまりいいようには見られず友達も中々できなかった。
それでもなんとか人並みに歩いてこれたのは、私とは逆に生来コミュニケーション能力が高過ぎた幼馴染みがいてくれたお陰だった。

私が困っている時にはいつでも駆け付けて、真っ先に助けになってくれる。そんな彼の存在は本当に大きく、つい頼りがちになってしまっていたのだ。けれど。

さすがに、その庇護を受けられる時期も過ぎ去ってしまったのだろうか。
高校生になって、その幼馴染みの勧めでバスケ部のマネージャーを務めるようになってからは、私よりも更に人と関わるための要素の欠けた部のエースに付きっきり。
勿論私もいつまでも彼のお世話になっていてはいけないとは思っていたけれど、突然掌を返されたような心許なさに、つい悲しくなっている現状なのだ。



(そりゃ、男の子の仲には入っていけないけど…)



尊敬できる仲間ができて、嬉しいのも解るけれど。
私だってそこのところはよかったと思うし、邪魔したくもないけれど。

私だって成長しなくちゃいけないとも、思っているけれど。でも、突然過ぎて着いていけないというか。
経験値がほぼないのにジャングルに放り出されたような、そんな心境なのだ。

私の人見知りは年齢と共に軽くはなっていても、まだまだ治りきってはいない。
だからというか、その態度が気に入られないということも、やっぱりあって。



「ドリンク、全員分」

「……はい」

「何その返事。不満でもあんの?」

「っ! な、ないです。すぐ作ります…!」



キッ、と目付きを鋭くした先輩マネージャーから逃げるように、スクイズボトルの山を籠に入れて逃げるように駆け出す。
私がどんくさいから、うまく接せれないから悪い。そのことは痛いほど解っているから、何も言えない。



(急いで、練習終わる前に間に合わせなきゃ…)



強豪校の全員分のドリンクがどれだけの多さかとかは、考えちゃ駄目だ。
マネージャーの仕事の一つ。こんなの、選手の練習量に比べれば何でもない。

手早く、でも雑にはならないよう、ボトルを次々に洗っていきながら、不意に込み上げそうになる涙をぐっと堪える。
駄目だ。助けなんて来ない。当たり前だ。
部活の邪魔なんてしたくないもの。それでいい。

冷たい水とドリンクの粉を配分を考えながら攪拌して、一つ一つのボトルに分けていく。単純な作業でも人数が多いので、かなりの時間を要する。
時計と睨み合い若干慌てながらも作業を終えて、行きより重量の増したそれらを籠に並べて一気に抱えた。

ずしっ、と腕にかかる負担に軽く呻くも、残る時間は僅かで分けて運んでいる暇はない。
遅れればまた余計に目をつけられそうな気がして、ふらふらと覚束無い足取りながらも前に進むことしか選べなかった。

けれど。



(分けた方がよかった…かも…)



体育館が、遠い。
作業用の水道場からの距離が地味に長く、ボトルの重さに情けない息が上がる。
どっちにしろこの重さを運んで間に合うような気がしなくて、せめて転ばないように地面に集中していたのがまずかった。



「、って」

「へ…っ?」



ふらふらよろよろ、前も見ずに歩いていた私の足が、止まる。
何かにぶつかった衝撃に何も考えずに顔を上げた、次の瞬間サアッと血の気が引く音が聞こえた気がした。



「っみ、みや、じ先輩…っ」



もう休憩時間に入ってしまっていたのだろうか。

体育館から少し出たコンクリートを踏んで、涼んでいたらしいその先輩の顔を見て、反射的に後退りそうになったのは仕方のないことだと思う。

普段から轢く焼く埋めるエトセトラ、とにかく息をするように暴言を吐いている先輩のことは、私は勿論のことあの幼馴染みでさえ怖がっていて。
だから今まで直接接する機会がないよう、その機嫌を損ねることのないよう、充分に気を付けて避けまくっていたというのに。

私、なんて人にぶつかって…!



「ごっごごごめなさっ…!!」

「…言えてねぇんだけど」

「ひぃ! も、申し訳っ…ないです…!!」



勢いよく、それは深く頭を下げて謝る。
不注意にもほどがあるよ私…!

ガタガタと震え始めた手足に泣きそうになりながらそのままでいると、降ってきたのは予想していた厳しい言葉ではなく、小さな溜息だった。
それですら恐ろしくて、びくりと肩が跳ねてしまったのだけれど。



「一人で運ぶ量じゃねーだろ、それ」

「はっ、い!」

「あと何も言ってないのに怯えんな。逆に腹立つ」

「ごっ、ごめんなさい!」



やっぱり苛立たせてしまったのか。
自分の駄目さ加減に穴を掘って埋まりたくなったけれど、宮地先輩なら埋めてくれるかもしれない。あ、でも手間取らせんなって怒られるかも…。

そんなことを考えていたらぽすん、と頭に軽く衝撃がおこって、驚いて顔を上げた時には両手にかかっていた負担が消えていた。



「お疲れ」

「あ、え…?」



見ればボトルの入った籠は先輩の腕に抱えられていて、呆然と立ち尽くした私の目には体育館へと帰っていく大きな背中しか写らない。

というか。



(え……?)



今、頭…撫でられた、の?
しかも、ボトルを持っていかれてしまった。その上気遣うような一言をいただいた、ような…。



「え、えっえええ…」



何それ。何なんですか、それ…。

恐怖とは別の意味で力が抜ける足に、逆らう気力もなくしゃがみこむ。
引いていた血の気が一気に巻き上げてきて、顔を覆った両手に感じたのは確かな熱だった。







辛口ハニーフェイス




何それ。何これ。
怖い人、なんて嘘じゃないの。



(か、和くん、和くん…っ)
(お? どしたなまえ…って赤っ! ちょっマジでどうした!? 熱!?)
(ね、熱じゃない…多分。あの、今、ね)
(多分て!)
(いや、今、みっみみ宮地先輩に、頭撫でられた…みたいで)
(………はぁっ!!?)
(ど、どうしよ。何か、恥ずかしい。どうしたらいいかな…)
(っいやいや待って! 嘘、冗談だよな? 宮地サンが何て?…いや、つか、え!? 何その顔! まさかなまえ…っ)
(………どうしよう)
(う、っそだろ…!?)

20130116. 

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