何で、そこまで。
どうして、こんなに。

度々私の中に浮かぶ疑問は、いつか解ける日は訪れるのか。






「…というわけで、WCが終わるまでは休日も時間が取れそうにないんだ」

「そう…」

「ごめんね」



片側だけ見える目を細めて申し訳なさげに苦笑する彼に、私は一抹の寂しさを覚える。

何を謝る必要があるのだろう。彼には彼の事情や、その時々で優先すべき対象もあるのだから、一つ一つを悪いことのように纏めてしまわなくてもいいのに。

わざわざ昼休みに呼び出してまで詳しい説明をしてくれる氷室くんは、見た目よりも誠実な人だ。
閉鎖された屋上に繋がる階段に人気はなく、掃除だけはされた段差に並んで腰掛けながら、拳一つ分空いた距離を横目に見つめて私は息を吐いた。



「私は気にしないよ。大事な試合なんでしょ?」

「それはそうだけど…やっぱり寂しがってはくれないか」



残念、と肩を竦める仕草からその思考回路を読み取って、一つ瞬きをする。

なるほど、狙いはそこだったのか。

いや、狙ったというのは語弊があるかもしれない。彼はきっと期待したのだ。私が一言でも、引き留めるような我儘を言うことを。
仕草だってきっと、ただのポーズでしかない。本心では言葉以上に落胆させているのかもしれない。
そう考えると私の方が少しだけ申し訳なくなって、自然と俯いてしまう。

今更心ない台詞を吐き出せるほど、私の口は柔らかくはなくて。



「ああ、ごめん。なまえが気にすることじゃないよ」

「…うん」

「ただ、オレが残念なだけだから。好きなことをやってて勝手だけど、恋人との時間を奪われるのは少しね」

「それは…勝手でも何でもないと思うけど」

「そんなことはないさ」



今だって、オレの勝手で振り回してる。

何でもないことのように軽く口にするのは、私が気にすることがないように気遣ってくれているから。
感情を隠すのがうまい彼の笑顔の奥は、きっと言葉通りではないことを、私は既に気づきかけている。



(恋人…)



そう。恋人なのだ。私と彼は。
学年どころか学校中で考えても人気者の彼に告白されたのが、三ヶ月前。特別可愛くも明るくもない私をからかっているのかと思えば、そんなことは全くなく。
とある理由で男女付き合いを避けていた私に、殆ど頼み込むような交際の申し込みをしてきた彼はどう考えても本気な様子で、最終的に私が提示した条件を飲んででも諦めることだけはしなかった。

こんなに綺麗な人間が、何を思ってそこまで私なんかに執着してくれるのだろう。
その、とある理由は私の欠点のようなものであるのに、面倒な条件まで飲んで付き合うだけの魅力が、私のどこに備わっているのか。



「何、考えてるの?」



尽きない疑問に完全に意識を沈ませていたところ、ひょい、と覗き込んできた整った顔に思わず肩が跳ねる。
びくりとした動きに軽く視線を投げた彼は、表情は変えずに首を傾げた。

反面、苦い気持ちを覚えたのは私の方だ。



(またやってしまった…)



嫌いなわけじゃないのに、怯えてしまう。触れられそうな距離が、怖い。

氷室くんに限ったことではないけれど、一応は恋人という立ち位置にいる人まで対象になってしまうことが心苦しかった。

私が抱える、とある理由。
それは潔癖からくる接触拒否症状で、とにかく人と触れ合うことが苦手だということ。
それが理由で友人関係にも支障を来したこともある、厄介な性質だ。

この性質が弱まらない限り人と向き合えない。況してや男女付き合いなんて以ての外だと思っていた私に、それでもいいと言ってくれたのが氷室くんだった。
凡そ恋人らしいことなんてできない。手だって繋げない。抱き締め合ったりキスをすることも、考えただけで恐ろしくなる。
だから無理だと思ったのに、それでも待つと、彼は笑ってくれた。

どうしようもなく面倒な女のはずなのに。
結局本当にこの三ヶ月、彼は共に過ごす時間の中でも指一本私に触れずにいてくれたのだ。



「…何、かな。氷室くんのこと、考えてるけど」

「! それは嬉しいな。でも、どうせなら目の前にいる方を気にしてほしいけど」

「ごめんなさい…」

「ははっ…こっちこそ。意地悪を言ってごめんね」

「意地悪なんて…言われたことないよ」



いつも、優しい言葉や仕草ばかり、気遣わせているのは私の方だから。

無意識に握り締めたスカートにシワができる。



(私の方が、意地悪だ)



氷室くんは優しい人。これ以上なく、私を大切にしてくれる人だと思う。
でも、私はそんな彼に釣り合うほど優しくも可愛くも、綺麗でもなくて。そのことが気にかかるくらい、私も彼に好意を持っていて。
それでも拒否症状は中々緩んでくれないから、簡単に気持ちを伝えられない。

だって、好きなのに怖いなんて、おかしいじゃない。
がっかりされるのも落胆させるのも、嫌だよ。



「さて、そろそろ教室に帰ろうか」

「あ…」



隣にあった気配が急速に離れて、二段だけ降りて振り返る彼の手は、私を思って差し出されない。
どうせ握り返せないのに寂しく思う、私も勝手なものだ。

けれど、分からないことや申し訳ないことだらけであっても、こんな私でも進みたい気持ちはちゃんとあって。
三ヶ月で、手すら繋げない関係でも、きちんとした恋人になりたいくらい、彼の内面に惹かれているから。



「あの…私、寂しくないわけじゃないから」

「…なまえ?」

「ただ、頑張っていることの邪魔より、応援になりたい気持ちが大きいだけで。だから…」



何で、そこまでしてくれるの。
どうして、こんなに優しいの。
解らない。分からないけど。

いつかは私、貴方に触れたいの。



「頑張ってね…た、辰也、くん…」



今は、ほんの少しだけ。名前を呼ぶくらいしかできないけれど。

少しは、伝わってくれますか。






白ゆりのささやき




もう少しだけ、待っていて。
この手を伸ばせる、その日まで。

20130105. 

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