「38.4℃…生きてる?」

「見ての通り…なのだよ……」

「今にも死にそうだね」



額に腕をあて荒い息を吐きながら、ガラスの取っ払われたじろりとした視線を貰っても、私としては痛くも痒くもない。
仕事を終えた体温計を仕舞いつつ肩を竦めてみせれば、深い溜息と共にすぐにその目蓋は下ろされた。

只今平日夕刻、小憎らしい幼馴染みは満身創痍といったご様子。
話を聞けば前日、おは朝の占いの順位が最下位だったとかで度重なる水難にあったらしい。と言っても精々水濡れ事故レベルだが。



(星占い最下位だから風邪引くって…)



一言発言が許されるなら馬鹿じゃないの、と口に出してしまいたい私の気持ち、解ってくれる人は確実にいるはずだ。
いつも思うけど、こいつは占いに振り回され過ぎだと思う。



「何故オレは風邪を引いて高尾は普通に登校できるのだよ…っ」

「あー…要領よさそうだからね彼。あんたとは違うでしょ」

「どういう意味なのだ…っぐ」



いいから休め、と乗っかった腕を退けて額に冷却シートを叩きつければ、頭に響いたのだろう。僅かな呻き声と恨みがましい視線を再び頂いた。まぁ、気にしないけど。
手に残ったゴミは捨てて、キッチンから拝借してきた氷で作った氷嚢に薄手のタオルを巻いたものを三つほど差し出せば、無言で受け取って脇や首元に当て行う。



「よし。それで少し休んでなよ。何か消化しやすいもの用意してくるから」

「……」

「なに、何か言いたいことでもあるの? あ、スポーツ飲料ならここにあるから飲みたくなったら勝手に飲んで」

「…いや、なまえ………すまない、のだよ」

「……は?」



すまない?

唐突な謝罪に、部屋を出て行こうとしていた体勢のままぐるりと首を回してしまう。
何謝ってんのこいつ。

眼鏡をしていないのだから顔なんて見えていないだろうに、気配で何を考えたのか悟ったのか、気まずげに伏せられていた目蓋はすぐに開き、その眉も顰められる。



「っ、何なのだよその反応は…」

「えー、いや、何がすまないのか意味が解んないっていうか…世話のことならおばさんに頼まれたからやってるだけで、謝られることじゃないでしょ」



幼馴染みのよしみで頼み事をされることなんて、別段珍しくも何ともない。うちの母親だって私のことで真太郎を頼ることは少なくないわけで。
因みに本日真太郎の両親はというと、おばさんは高校の同窓会、おじさんは会議で帰りが遅いらしい。
病人である息子を一人置いていくのも心配だということで、基本的に暇人な私に放課後からお世話係が任されたのだ。

そんな事情を思い返しても、やはり謝られることは見つかる気がしない。
さすがに一人寝込んだ幼馴染みが全く気にならないと言えるほど、冷たい血が流れてはいないわけで。

本格的に首を捻り始めた私に、真太郎は呆れたように、焦点の合わない瞳を向けながら嘆息した。



「…個人練習の方だ。馬鹿め」



そして吐き出されたその答えに、私の方が逆に呆れ返ったのだった。



「馬鹿じゃないの」

「! なっ…っう…」

「はいはい、起き上がらない。病人は黙って寝ときなよ」



起き上がり反論しようとして、すぐにまた布団に沈んだ男に今度は私が溜息を吐きたくなる。

何を言い出すかと思えば、私の幼馴染みはつくづく変なところで頭が悪い。
個人練習に付き合うと決めたのは確かに真太郎だけれど、こちらから頼んだ覚えはないというのに。



「真太郎がいなくても練習はできるよ。謝ることじゃないし」



よくもまぁ、自分が辛い時に他人のことを気にしていられる。私には絶対に無理だ。
心が狭いとかじゃなく、私にはきっとそんな余裕は生まれない。

これだから天才様は…と内心ぼやきながら、まだ不満のありそうな眼差しから顔を背けて、視界に入ってきた窓にあることを思い出した。



「そう言えば…今日、流星群」

「…ああ、確かに言っていたな」



流して終わるかと思われた呟きを、一々拾う真太郎に軽く驚く。
熱の所為で対応が柔らかくなっているのだろうか。だとすれば、いつも微熱くらいあった方が周囲は平和に暮らせそうなものだ。

そんな若干酷いことを考えながら、とある記憶を思い起こした。



(一度だけ…観たな)



この男とも。

まだ、二人とも幼くて、競う気持ちも芽生えてなかった頃。
この部屋のベランダに並んで座って、願い事をしたような気がする。

もうそんな頃の願いなんて覚えていないけれど、予想はつくから苦笑しか溢れない。
私はきっと、今と変わらないことを願ったんだろうね。



(真太郎は…願いなんて無かったかな)



願いは願うものじゃなくて、叶えるものなのだ。この男にとっては。

変わらないなぁ、と思う。
いつだって真太郎の方が正しくて、強い。その法則も何もかも。

今の私なら、願いを星に託すようなことはしないけれど。そんな夢物語、信じる歳ではなくなってしまったけれど。
求めたところで仕方ない夢ではない、叶いそうな願いくらいは呟いておいてもいいかもしれない。

そう、例えば、



「明日には真太郎が元気になりますように…ってね」

「…ふん、願うまでもないのだよ」



そう言いながら満更でもなさそうに目蓋を下ろす幼馴染みは、相変わらず変なところで素直だった。








星の雨が降る夜に




必ず叶う願いを一つ、星に託して。

20121231. 

[ prev / next ]
[ back ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -