「機嫌が悪い…?」

「そ。何か知らねーかと思ったんだけど…その顔じゃ気付いてもないって感じか」



練習の合間を見計らうようにして話し掛けてきた福井先輩が、頬を掻く。
一旦マネージャー業の手を止めて、私はいつも通り練習に励む彼へと視線を投げた。

私の目には、いつもと変わりなく面倒そうに、それでも手は抜かずに練習を重ねているようにしか写らない。
それでも、スタメンとしてチームを組んでいる先輩達には彼が不機嫌なように見えるのだろうか。もし本当にそうだとしたら、付き合っている私がその機微に気付けないというのは、かなり情けないものがある。



「えっと…本当に機嫌悪いんですか…?」



最近イライラしてんだよなー、と肩を竦めた先輩には悪いけれど、私に対する態度には特にそんな部分は見当たらなかった気がする。
若しくは紫原くんのことだから、私が怖がらないように気を付けているのかもしれない。

そう思うと何だか落ち込んでしまう。



「あーいや、悪い。多分アレだろ、あいつのことだから食いもんの悩みとか…みょうじがいりゃあ大抵上機嫌だし、気にすんなよ」

「そう…ですかね」

「いや、マジでヘコむなよ。オレが紫原怒らせることになったら洒落になんねーし」

「はい…」



頷いて答えはするものの、一度聞いてしまうと気にしないでいることは難しい。
再び視線を向けてみた彼はやっぱりいつもと変わりなく見えて、私は自然と溜息を吐いていた。








 *





「なんかなまえちん元気ない?」



部活も終わり、寮に戻る前に共有スペースでまったりする。これも決まり事のようなもの。
それなりに広さのある空間には、同じように彼氏や彼女、友人達と騒いでいる人もちらほら見える。

そんな室内の隅の方の長椅子に並んで腰掛けて、これもまたいつものように他愛ない話をしている最中、首を傾げた彼にどきりとした。
見上げたその表情は気遣わしげに眉が下がっていて、しまった、と思う。

紫原くんの機嫌が悪いのかもしれないのに、私が心配されるのはおかしい。



「う、いや、そんなことないよ?」

「…ウソだ」

「…嘘っていうか……」



完璧に嘘というわけでもないのだけれど。

訝しげに、それでも心配そうな視線を向けてくる紫原くんを見ても、特にいつもと変わりないように見える。
それなのに機嫌が悪いのか、なんて訊ねるのもおかしいような気がして、つい答え方が曖昧なものになってしまう。



「なまえちーん?」

「っ、う…」



ずい、と近付いてくる顔に、思わず両手を挙げて降参のポーズをとる。

我慢の利かない紫原くんのことだ。変に誤魔化しても納得がいかないと何をされるか分かったものじゃない。
二人きりならまだしも、人目のある場所で強行手段に出られてしまうと大変なことになる。



「でも、あの‥私のことじゃなくて…紫原くんが、なんだけど」

「オレ?」



きょとん、と。
珍しいくらい瞠られた瞳は、やっぱり何かに苛立つ様子はない。



(先輩の勘違い…?)



でも、あの言い方だと福井先輩以外もそう思っているように聞こえたような…。

私まで訝しげな顔になってしまえば、今度こそ彼の表情が曇る。その変化に慌ててその腕を引いた。



「違うよっ? 紫原くんが私を悩ませてるとかじゃ…」



ある…かもしれないけど、ここはないということにしておいて。

下手にフォローするより、伝えてしまう方がまだマシかもしれない。
そう思った私は微かに緊張する気持ちを緩めるために一度深く息を吸って、吐いた。



「先輩が言ってたんだけど…紫原くん、機嫌悪かったりする?」



私の質問を近い体勢のまま耳に入れて、それまで真っ直ぐに見つめてきていた彼の目が軽く泳ぐ。
それだけで、答えには充分だった。



「……悪かったんだ…」

「うー…んー……」

「私、全然気付かなかった…」



なんて彼女甲斐のない。

自己嫌悪に思わず頭を抱えて項垂れる私の上から、今度は彼の方が焦り混じりな言葉をかけてくる。



「なまえちんといる時にイライラとかしねーし、気付かれたくなかったから、なまえちん悪くないよ」

「それは…嬉しいけど、悲しいな…」

「えっ」

「紫原くんが考えてること、知りたいし…欲張りかなぁ」



彼女でも、図々しすぎる?
紫原くんが何かに悩んでいたり苛立っているなら、一緒に考えたり宥めたり、したいと思う。これは行き過ぎた欲なのだろうか。
私といてイライラしなくなるというのは、素直に嬉しいけれど…私が関わらないところの彼のことも、知りたいと思う。

これは、我儘なのかな。
違うと、言ってくれないかな。



「だからね、少し悲しいっていうか寂し…う、わっ紫原くんっ?」



最後まで言い切る前に落ちてきた頭が、私のてっぺんに擦り寄ってくる。
ぐりぐりと擦り付けられる頭が恥ずかしい。人目が気になるのに嬉しい気持ちも確かにあるから、どうしようもなく困ってしまう。

紫原くんが周囲を気にする人じゃないことなんて、分かりきっていたことではあるけれど。
それでも恥ずかしいものは恥ずかしいし、だからといって振り払うことなんてできるはずもなく。



「なまえちん可愛い」

「ま、またそういう…っそれより、何が理由なの? 訊いてもいいんだよね…?」



ちらりと周囲を窺ってみると、そこまで視線を集めてはいない。
紫原くんのスキンシップは日常的なものだから、そこまで珍しくは感じられないのかもしれない。それはそれでどうかと思うけれど、注目されないに越したことはないので今は気にしないでおくことにした。

獣か何かのようにじゃれてくる彼の肩を押し返してみると、僅かに上気して弛んでいた頬がまた元に戻る。
数秒、間延びする唸り声を上げた紫原くんは、観念したように息を吐いた。



「もうすぐさー、WCじゃん」

「うん?」

「…クリスマス、なまえちんと二人でいられないかなって。ダメだろーなって、解ってるからイライラしちゃった…かも」

「………それだけ?」

「それだけだけど…だけとか言われんのヤだ」



む、と唇を尖らせてふて腐れた顔になる紫原くんは、あまり見たことがない。
反対に、私の方は何だか可笑しくなってしまって、相好を崩してしまった。



「笑わないでよなまえちん」

「違うよ。これは、嬉しくて」

「ひどい…オレ真面目にイヤなのに」



ああもう、可愛いなぁ。

じとっとした目で見つめられても、そんな風に思えるようになった自分も凄い。
宥めるように高い場所にある頭に手を伸ばせば、不満げなのに素直に背中を丸める紫原くんに余計に胸が暖かくなる。

行事なんかを一々気にするような人じゃないのに、私が絡むと忘れたりしない。そんな懸命さに、また絆される。



「ねぇ、じゃあ約束にしよう?」



されるがまま、頭を撫でられていた彼の目が不思議そうに投げ掛けられる。
それを真っ直ぐに見つめ返して、私は我慢することなく笑った。



「来年も再来年も、多分部活があるのは変わらないから…その分、その先は二倍も三倍も一緒に過ごせばいいよ」



そうしたらきっと、もっと大きな幸せが待っているはずだから。

大きく見開かれた目が一気に和らいで、ぶつかるような勢いで抱き締められるのは、数秒後。







わがままサンタクロース




その時はきっと、素敵なプレゼントを用意して。



(じゃーなまえちん、ずっとオレといてくれるんだ)
(いたいから、ここにいるんだもん。そのつもりなんだけど…紫原くんは違うの?)
(違うわけねーし! 約束だからね、絶対)
(うん…約束ね)

20121226. 

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