付き合っているはずの男が他の女を口説く場面を見る気分とはどんなものかというと、百年の恋も覚めるというか。
百年も恋していないんだから、余計に反吐が出るというか。



「なぁ、本気で考えてほしいんだ」

「でも、みょうじさんが…」

「あいつとは、もう別れるつもりだから」



それが次の週末にデートに誘ってきた男の言葉かと、既に冷めきった気持ちでうんざりと溜息を吐く。



(二股か)



残念ながら私の方にさよならする気が確定してしまったが。
調子のいい男だとは解っていたことだけれど、ここまで馬鹿な奴と付き合っていたのかと思うと自分も安い女だったな…と自嘲した。



「馬鹿な男もいるものだな」

「本当にね…やめてほしいな。私まで馬鹿みたいだから」



昼休みの中庭という人目につく場所でラブロマンスを繰り広げている男女を、すぐ近くの窓から眺めている私の隣から掛けられた声に素直に溜息を吐き出す。
担任に頼まれた資料を運ぶという仕事を手伝ってくれていた、それなりに仲の良いクラスメイトに視線を向ければ、特に表情は変えずに彼らを見据えていた。

ああ、よかった。
気遣わしげな顔なんてされたらどうしようかと思ったところだ。
同情されるくらいなら笑い飛ばしてくれた方が楽で…それでも惨めではあるから、どちらにしろ苦しいところだった。

赤司くんが動じない性格の人で助かった。



(いつ別れようかな)



今すぐこの場から呼び掛けることもできるけれど、それだとあまりにも目立ちすぎる。
私が捨てられて終わるような方法は冗談じゃない。私にだってプライドというものがあるのだ。

どうせ、私が気付かなければ二股をかけるつもりの男だ。切り出さなければずるずると関係を続けることになるのだろう。
そんなくだらないやり取りに割く時間が惜しいし、そもそももうあの男に恋する気持ちも消え失せた。

結局、高校に入ってすぐに恋に恋した結果というか。
目の前で自分の彼氏が見知らぬ女子にキスする瞬間を見ても、うげ、と思っただけで嫉妬やらの感情は芽生えなかった。



(ああ、でも惨めだなぁ)



これで私にも他に相手がいたのなら話は別だけれど、残念ながらそこまで器用でもないから適当な相手なんて見繕えない。
怒りや悲しみより羞恥が勝って、俯きそうになった時、少しの間静まっていた隣から再び声を掛けられた。



「早期にくだらない相手だと分かって、別れる口実も揃ったな」

「…赤司くん?」

「僕と付き合うという選択肢ができた。いいことじゃないか」

「は」



思わず隣を凝視すれば、彼らに向けられていた視線がくるりとこちらに振り向き、目力が和らぐ。
その笑顔があまりにも柔和で、沈みきっていた心が勢いよく跳ね起きた気がした。



「あんな男より、僕の方がいいだろう。なまえ」



自信があるというよりは当たり前のことを述べるように落とされた囁きに、息が詰まる。
思ってもみない急展開に、目を回しそうになって。

選択肢、と言いつつ伸びてきた手に頬を擦られると、単純な私は流されるままに目蓋を下ろしてしまう。
ここがどこで、どれだけ人目につく場所かもよく解っていたはずなのに。



「答えは?」



頷く以外の選択肢なんて、きっと用意されていない。

頭の中に過った少しばかりズルい考えも、彼にはお見通しだろうから気にする必要はないのだろう。



(私の方が、捨てたっていいよね)



何も言わずに頷いた一瞬後、唇に触れた熱は優しかった。







慰めパラドックス




(何か、海老で鯛を釣った気分…)
(さて、これで惨めな役回りは擦り付けられたな)
(やっぱり赤司くん解っててやったのね)
(でなければ見せつける意味がないだろう)

20121210. 

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