本当は、出逢うより先に、彼女のことは知っていた。

放課後、部活の走り込みが終わると決まって真っ直ぐに体育館に戻らないチームメイトが何をしているのかが気になって、後を追ってみて偶然見つけたのが家庭科室の窓から一人の女子が、恐らくは出来立ての差し入れを受け渡しているところで。

無邪気な子供のように喜んで受け取るアツシの頭を、屈ませて撫でている光景。その慈しみに溢れた笑顔を見たことが、彼女のことが気になりだした切っ掛けだった。



「アツシ、さっきお菓子貰っていただろう」

「げっ、何で室ちん知ってんの」



暇さえあればお菓子を貪っているアツシも、練習中は禁止されている。
破れば監督の制裁が下ることは必至で、嫌そうに振り向いたその唇は歪んでいた。



「ああ、告げ口はしないよ。ただ、あの女子は誰なのか気になっただけだ」

「なんだー、ビビったし。女子ってなまえちん?」

「ああ…アツシにお菓子くれてたの、その子?」

「うんー。部活で作ったお菓子分けてくれんの。二年のみょうじなまえちん」



優しいんだよー、とへらりと笑うその顔は正に子供そのもので、お気に入りのものを自慢するような響きについこちらの頬も緩む。

確かに、とても穏やかな目でアツシのことを見ていた。純粋に年下を可愛がるような態度は、恐らくこの上背を考えると滅多にあることでもないのだろう。



「確かに、いい子っぽかったな」

「室ちん気になんの?」

「どうかな」

「えー何それー」



オレの誤魔化しに今度は不満げに頬を膨らませるアツシは笑顔で躱して、それ以上彼女の話題は続けなかった。

それでもその名前と存在を頭に刻み込むくらいには、一目見ただけの笑顔を気に入ってしまったのも事実で。
廊下ですれ違ったり、彼女の教室の前を通ることがあればつい、視線をそちらに向けてしまう日々を重ねていた。

そんな中でやってきた接触の機会は、どこか運命めいていた。

初めて言葉を交わした彼女は笑顔どころか、涙を流してその細い肩を震わせていた。
一方的に彼女のことを気にしていたオレにとってみれば、そんな状況を流してしまうこともできず。咄嗟に助け出して、成り行きでそのまま少しだけ会話する機会を得た。

ロードワーク中に拾った、生徒のものかも知れないと思っていたブレスレットは、どうやら彼女が落としたものだったらしく。
後からそれは彼女の親友からプレゼントされたものだったのだと知ることになるのだが、それを目にした瞬間の機敏な動きには驚かされたものだった。

収まっていた涙がまたぶわりとその瞳から溢れ落ちて、オレの手ごとブレスレットを握りしめて、何度もお礼を言いながら喜びと安心の余りしゃくり泣くその姿が、いじらしくて。
曖昧に漂っていた気持ちが、はっきりと彼女に向いたのはその時だ。

つい、その頭に伸びてしまった手が振り払われるようなこともなく。
よかったね、と声をかければ大きく頷いた彼女の耳が赤く染まっていることにも、気づいていた。








駆け引き




それから引き取り係りと称して、彼女との接触を図り始めたオレを知るのは、今のところは出しにされているアツシくらいのものだろう。
素直な彼女は疑いもせずに、控えめな笑顔を向けてくれるようになった。
代わりに、アツシからの視線は不満げなものに成り代わりつつあるが。



「アツシ、そろそろ戻らないと監督にバレるよ」

「げー…室ちん」

「氷室くん…いつもお疲れ様」



平静を保ちながらもどこかそわそわとした態度で笑みを向けてくる彼女に、ありがとう、と微笑みかけると照れたように俯かれる。
それがまた可愛くてつい、手を伸ばしそうになるのは今はまだ堪える。

好かれているのは自惚れではないと解る。解るからこそ、もっと浮き彫りにさせたくなるのは悪い癖だろうか。



「それにしても…アツシはいいな。みょうじさんの作ったお菓子が貰えて」

「えっ…」

「これオレのだから。室ちんにはあげねーし」

「羨ましいな」

「え、あっ、でも氷室くん色んな子から差し入れ貰ってる…よね…っ?」



意味もなくぱたぱたと振られる両手を、今度は我慢せずに捕まえてみるとびくりとその肩が跳ねて、白い頬が朱に染まる。

ころころと表情を変える彼女が可愛らしくて、まだまだ引き出してみたくなるのだ。



「みょうじさんのだから、羨ましいんだけどな」

「う、あっ…余りなら、まだあるよ…っ」



人受けのいい笑みを貼り付けてもう一押し。

恥ずかしくて堪らないといった顔で俯く彼女の口から、好意の言葉を貰えるようになるのはもう少し先かもしれない。



(うわー…室ちんタラシだ)
(相手は選んでるよ)
(なまえちんかわいそー…)

20121209. 

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