唐突に鳴ったメールの着信音と、液晶に映し出される文字に目蓋を伏せて。
隣を歩くチームメイトに急用ができたことを伝えれば、訝しげな視線が返された。



「この時間にかよ」



部活も終わって、いつものようにマジバに寄った帰り道。確かに時間を考えると、今から用事を済ませるというには不適当ではあった。
けれど、この時間だからこそ急を要しているわけで。



「色々あるんです」

「んだそりゃ…まぁ、別にいいけどよ」

「それじゃあ」

「おう」



朝練に響くなよ、と保護者のような言葉を背中に受けながら、足早に向かう先は決まっている。
それでも一応の確認に、開いたままだったメールの画面からどこにいるかを訊ねる文面を返信すれば、数秒後には今度は電話の方の着信音が響いた。



『黒子くん…?』

「なまえさん。今、どこにいますか」

『ん…あの、公園』

「分かりました」



声が掠れていることに、電話越しでも判るくらいには聞き慣れた声にすぐに行くことを伝えれば、か細い声でうん、とだけ返される。
彼女は恐らく、来なくていいと言えない自分に、胸を痛めている最中だろうか。

その卑怯さを上回るものを抱えたこちらに、それを指摘する権利はない。するつもりすら、ないけれど。

時刻は夜の9時に差し掛かっていた。
街灯がなければ暗闇に染まっているであろう道程を足早に進みながら、歪めた唇は誰にも知られずに終わった。









「なまえさん…!」



公園、と聞いて一発でその場を知れたのは、そこが始まりだったと本人の口から聞いていたから。
入口近くのぶらんこに肩を落として腰掛けていた彼女は、呼び声にびくりと身体を揺らしたかと思うとゆっくりと顔を上げた。



「黒子くん…ごめんなさい、私…」



ボクを写した瞬間にくしゃりと歪んだ顔は、ちょうど近くにある灯りのおかげでよく見える。
溢れ出しそうなほどゆらゆらと涙を溜めた瞳が、悲しみの深さを表していた。



「なまえさん」

「っ私…やっぱり、駄目だった。もう…」



笑おうとしたのかもしれない。不自然に持ち上がった口角はすぐに落ちて、その涙腺も決壊する。
痛みでいっぱいのその涙は、光の筋を描いて頬を伝い落ちていった。



「フラれ、ちゃった…」



ぐらり、傾く身体は、支える必要はなかったのだろう。その両手は持ち手を握っていて、少なくとも地面に倒れることはなかったと思う。
けれど、そんな結果論はどうだっていい。視界を近づけるために蹲み込み、伸ばした腕で彼女の後頭部を引き寄せた。

されるがままに肩に顔を埋めた、その喉がひくりとしゃくり声を上げる。



「ごめん、なさっ…黒子くん、関係ないのにっ…」



彼女が、辛い恋をしていることは知っていた。

委員の仕事で親しくなった彼女には恋人がいて、その男の女癖の悪さにいつも悩んでいたことも。
その悩み事を聞く内に、他の誰よりも心の内を知らせてもらえるようになったことも。

喉奥に込み上げる苦さを自覚して、理解した自分の欲求も。



「関係なくなんて…ありませんよ」



愚かで仕方ない恋を、恐らくボクらは今、している。

震える手は何かに縋らなければ今にも崩れ落ちてしまいそうで、空いた手でその手首を引けば、簡単に持ち手から離れる。
この手が縋る相手が、自分であればと、何度願ったかも知れない。
それが叶うならどんな手段を使っても構わないと、本気で考えたこともある。

彼女さえ傷付かなければ、何だってするつもりだった。
その好機の訪れが今なら、自分から逃すような真似はできない。



(好きだ)



愚かなほどに真っ直ぐ過ぎて、弱くて脆い。
この人が、欲しくて堪らない。

傷付いて、壊れそうな彼女の手を自分の胸に導いた。
この鼓動が、伝わればいい。



「関係がないのに、ここまで来るはずがないでしょう」



どちらの方が卑怯かなんて、そんなこともどうだっていい。

ボクの言葉に小さく震えて持ち上がる顔は涙に濡れていて、その頬を指で拭いながら囁きかける。
どうか、こちらを向いて、と。



「ボクがいます」

「黒子、くん…?」

「寂しいなら、寂しくないよう。温もりが欲しいなら」



誰よりも近くで、分け与える。

その背に走らせた手に、びくりと跳ねた肩は数秒強張った。
彼女は混乱に揺れる瞳でボクを見つめて、ぎこちなく喉を鳴らす。



「ボクなら、なまえさんを悲しませたりしません」



寂しがり屋の彼女を、放り出すような馬鹿な真似も。
他の誰に目移りすることも、有り得ない。



「黒子、くん、私…」

「選んで、くれませんか。ボクを」



唇を戦慄かせる彼女の目を見据えて囁く声は、まるで悪魔のようだと自分でも思う。

傷口に安い薬を塗り付けているようなものだ。弱味につけこむやり方だと、解っている。
それでも彼女が頷かずにいられないことすら、既に分かりきっていて。

大切にしますから、などと矛盾する台詞を紡ぐボクに、弱りきった彼女はそっと目蓋を下ろした。









傷付いて、傷付けて、それでも愛おしい




予測していた結末は、期待していたそれと図ったかのように巧く重なって。
後ろめたさに蓋をして、善人の皮を被るのだ。



(それでも)
(この気持ちに、嘘はないんです)

20121209. 

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