※モブ視点




電池の止まっていた目覚ましの所為で部活の朝練に遅刻しかけ、何とか間に合うも朝飯抜きというコンディションで挑めば、それはホームルームを迎える頃には屍にもなるというもので。
成長期の栄養の要る時期になんて無謀なことをしているのかと、悔やんだところで既にコンビニまで走る余裕はなく。

空腹と疲労で今にも倒れそうになっていたそんなオレが廊下で出逢ったのは、心優しい一人の女子だった。



「あの、大丈夫ですか? 具合でも悪いとか…?」



もうこのまま床に倒れ伏してしまいたい…と迷惑極まりない思考をちらつかせながら壁づたいに足を運んでいると、ふっ、と横から影が射した。



「へ…? ああ、いや」



どこの誰かは知らないが、わざわざ声を掛けてくれる人間もいるんだな…と、殆ど回らない頭で考えながら大丈夫、と返そうとした瞬間、タイミングよく腹の虫が大声で鳴いた。



「…お腹、空いてるんですか」

「す、すんません…」



せっかく気遣ってくれたのに、下らない理由でふらついてて…。

無性に消えたいような気分になりながらそれじゃあ、とその女子から離れようとしたところで、慌てたように制服の袖を捕まれて引き留められた。
驚いて顔を上げて、改めて見た女子は同じ一年らしく、柔らかな色の髪をした可愛めの子だった。



「あの、顔真っ青だし…よかったらこれ、どうぞ」

「え」



その子は慌ただしく自分の鞄を漁ったかと思うと、簡易なラッピングのされた袋を差し出してきた。
甘い匂いがしたから、何か菓子が入っていることは反射的に受け取ってすぐに判った。
けれど、すぐにはっとする。



「い、いや、でもこれ、いいの?」

「余分にあるから大丈夫です。そんなにふらふらなのにお昼まで持ちませんよ」

「っ…あ、ありがとう!」



見ず知らずの人間の心配をしてくれるなんて、なんて優しい子なんだ…!

しかも多分、包装を見る限り手作りのお菓子だと思われる。
小中とがさつだったり厳しかったりな女子としか接したことがなかったオレにとって、それは蓋しくも初めて貰う女子からの手作りの差し入れだった。

化粧っけのない素顔に素朴な可愛らしさがあるその女子はどういたしましてとだけ言って微笑むと、すぐに通り過ぎて行ってしまったのだが。
その微笑み方がまたふわっとしていて、思わず名前を聞くことも忘れて見とれてしまった。

つまり、恋に落ちた。



「ばっかお前! そこは名前聞いとけよ!」

「自分でも後悔してるわぁあっ!!」



4限も終わって昼休み、そんな甘酸っぱい事情をよく絡むクラスメイト達に報告すると、思いっきり叩かれた。
仕方ないだろ! 腹は減ってたし不測の事態だったし何より本当に可愛い子だったんだ…!

せめて名前とクラスくらい聞いておけばと後悔したのは、袋に入っていたワッフルに舌鼓を打っている最中のことだった。自分でも確かに、鈍すぎるとは思う。
因みにワッフルはめちゃくちゃ美味かった。



「つーか、可愛くて優しい子とかマジでいるんだな…絶滅危惧種だと思ってた」

「お前は一体過去に何があったんだ…」

「いや、でも羨ましい。オレもそんな子と出会いたい。あわよくば付き合いたい」

「そんな簡単に付き合うもんでもないだろー」



好き勝手に会話を繋げていく友人の言葉は半分くらいは聞き流しながら、オレは一人机に凭れながらはぁ、と溜息を吐く。

また会えないだろうか…あの女子。



「まぁでも実際彼女は欲しいよなー…確かうちのクラスで彼女持ちって笹倉と渡部と…?」

「あ、アイツもじゃね? 紫原。女子が騒いでた気がする」

「え!? 紫原彼女いんの!? ちょっ…マジか紫原!?」



ガタン、と椅子を鳴らして立ち上がった友人の叫びに、4限の間中机に伏せっぱなしだった広い背中が唸りながら起き上がる。
冬眠から覚める熊ってこんな感じなんじゃないか…と思いながらその様子につい視線を奪われていると、怠そうに目を擦りながら振り向いたそいつは首を傾げた。



「んー? なに、呼んだ?」

「おお! お前彼女いるってマジ!?」



詰め寄るクラスメイトの勢いに動じる様子もなく、うんいるよー、と何でもないことのように頷くそいつに、オレも驚いた。
こんな背ばっかり高くてユルい奴の彼女って、どういう人間なら務まるんだ…?

恐らくオレと同じ気持ちの友人達は訝しげな顔を隠しもせずに紫原へと向ける。
当の本人は気にすることなく、そのぼんやりとした目を時計に向けて、それからあっ、と声を漏らしたかと思うと席から立ち上がる。
そう言えば、紫原は昼休みには決まって教室から出ていく。つまりその時間に彼女と会っているのか…と納得しかけた時、普段からは考え付かないくらい喜色に溢れた弾んだ声がその口から飛び出した。



「なまえちん!」

「へっ」

「なまえ…ちん…?」



紫原の変貌に驚くオレ達を余所に、目を疑いたくなるほどの速さで教室の入り口まで駆けていったそいつを辿れば、今度はオレが立ち上がらずにはいられなかった。

だって、何で。
伸ばされた長い腕の中に、件の女子がすっぽりと覆い込まれているんだ…!



「な、ななっ何してんだお前っ!?」

「んー…?」

「あれ、朝の…紫原くんと同じクラスだったんですね」



慣れているように、紫原の背中をぽんぽんと叩きながら軽く頭を下げてくるその女子は、見間違うわけもない。空腹と疲労で倒れかけていたオレに優しさと手作りのお菓子を恵んでくれた女子で。

あまりの事態に目を回しそうになりながら何でお前抱き締めてんの!?、と紫原に詰め寄ったオレは、別段鈍感に出来ているわけではない。ただ、最後まで希望を捨てきれなかったのだ。
それなのに。



「何でって、なまえちんオレのだし」

「………はっ?」



なまえちんオレの彼女だし。

呆然としたまま固まるオレに畳み掛けるように再度そう宣言した紫原は、何かを悟ったのだろう。見たこともない冷たい目をして、聞いたこともない物騒な言葉を吐き出した。



「言っとくけど、手ぇ出したらヒネリつぶすよ」



誰だ。紫原をユルカワキャラだとか称していたのは。

あまりの迫力に、慌ててその口を塞ごうと手を伸ばす女子の謝る声も耳に入ってこなかった。








恋をした、ただそれだけのこと




それだけのことなのに、この仕打ちはあんまりだ…!



(えっ何、お前が言ってたの紫原の彼女だったんか!?)
(うっわ…悲惨)
(言うなぁぁぁ!)
(てか、あんないかにもいい子っぽいのが紫原の彼女…)
(うん…何だろうな…こう、釈然としねぇ…)

20121207. 

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