関係性は色を変え形を変え、歪みを生み、崩れていくものだ。
彼らの表情が一定していく様を見てきた私には、針の進む音が確かに聞こえていた。






「黒子くん、まだ残ってたんだ」

「!…すみません」

「謝ることじゃないけど…もうすぐ戸締まりされるから、そろそろ引き上げた方がいいよ」



壁の高い位置に掛かった時計を示してそう口にすれば、軽く申し訳なさそうな顔をしていた彼がはっと肩を揺らす。
時間も忘れて練習に没頭していたのだろう。彼以外の部員は部室にすら残っておらず、比較的最後まで残っている場合の多い主将も、今日はもう帰路についている。

広い体育館に残る影は彼一人分しかなく、しんと静まり返ったその場では微かな話し声ですらよく響いた。



「黒子くんは偉いね、レギュラーなのに慢心がない」

「…そんなのじゃないですよ」



部室に引き返す彼になんとなく並んで話しかければ、真っ直ぐな視線はどこか遠くを見つめたまま、そう返された。
その声に感情の起伏は感じとれず、私はその後に続ける言葉を失ってしまった。


たった一言に込められているであろう想いは、悟らせてもらえない。
自分の無力さを思い知らされるようで、胸の奥がざわざわと蠢いた。



「…みょうじさんは、もう帰りますか?」

「え? あ、うん」



蔓延しそうになったしんみりとした空気を取り払うように投げ掛けられた話題に、軽く驚いて俯きかけていた顔を上げれば、そこに佇む彼の視線は既にこちらに向けられていた。



「なら、駅まで一緒に帰りませんか」



優しく弛められた口角に、どうしてか切ない気持ちが込み上げた。



(どうしても、この人は)



手を伸ばすことはさせてくれないのに、自分から手を差し伸べることをやめない彼の優しさが、痛々しく感じた。

それでも私も、結局は当たり障りのない笑顔しか返すことができない。
腫れ物を避けるような生き方しかできない、矮小さが憎らしかった。



「…うん。せっかくだしね、待ってるよ」

「はい。それじゃあ、着替えてきます」

「慌てなくていいからね」



今にも消えてなくなりそうな背中が部室へと駆け出す瞬間、沈みかけた日の光が伸ばしたその影が私の足に被さるのに気付いた。

離れて行くそれを思わず踏みつけようとしてしまったのは、本能的に。
それでも最後に思い止まったのは、聞こえない彼の叫びを察してしまったから。



(無意味だ)



何もかも。

何をしたところで、時間は戻らない。
彼の心で燻る想いも、消えてなくなることはない。
察してしまえばできることなんてもう何一つ見つからなくて、私は自分一人分になってしまった影を見つめて息を止めた。







影踏み




縫い止めようとしても、きっと無駄に終わること。

終わりへ向かう秒針の音は、私の耳奥で確かに響いていた。

20121205. 

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