人がいれば突きたくなるし、照れさせて困らせていじり倒したくなる。
そんな典型的な、自他共に認めるSっ気の強い私には、たった一人だけどうしても構い倒せない人間がいた。

こんなことを中学時代からの友人に話せば天変地異の前触れかと騒がれそうだが、現在高校最後の年を過ごすクラスが同じ人間ならば、納得の事情なのだ。

何故ならば、



「あああ、っの、ににっ日誌っ!」

「…うん、書き終わったよ」



今にも湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして必死に話し掛けてくるクラスメイト、笠松幸男くんはそれはそれは女子という生き物が苦手だった。

とって食うわけでもないのに最初からガクブルと震えられては、可哀想過ぎていじめる気も起きなくてつい優しく接してしまう。

本日縁あって日直の当番が彼と当たってしまったのだが、それはもう一日酷かった。何がって、彼の慌てっぷりが。
数ヵ月に一回は必ずあることなのに、少し近づいただけで黒板消しが宙を舞うわ机を巻き込んで転げ倒れるわ、とにかく悲惨な光景ばかりを見せつけられて…楽しいと言っては何だが、ちょっと面白かった。可哀想だけど。

今も震えを隠せていない彼に遠くを見つめたくなる気持ちで、私は記録し終わった日誌を閉じる。
恐らく早く届けて仕事を終わらせてしまいたいのだろう。差し出された手に極力近付きすぎないよう気を付けながら日誌を渡せば、あからさまにほっと深い溜息を吐かれた。



「お疲れ様」

「うあっ!? あ、ああああ!」



…本当に大丈夫か、君。

ぶんぶんと、首の骨を痛めるんじゃないかと思うほど何度も頷く彼を手を伸ばして止めようとするも、その方がまずい気もして引っ込める。
もう三年になって半年以上は経つのに未だに慣れないとは…と思うものの、クラス替えなんてものは彼の苦手意識には関係ないのかもしれない。

しかしまぁ何もしていないのにガッチガチに緊張して羞恥心に堪えている姿は、それはそれでなんというか美味しいもので。
可愛いなぁ、と思いつつも、それでも彼にだけは頬を突いてみたり、脇腹を擽ってみたり、タックルしかけてみたりといった私の日常的な行動の数々を試してみる気にはなれない。
だってやったら気絶しそうなんだもの。

弄りたくても苛めたいわけではない。
気絶までいくとさすがにそれはやり過ぎというものである。私だって相手は選ぶ。

代わりに明日は誰をからかい倒そうかなぁ、なんて考えながら帰る準備を進めていると、何か言いたいことでもあるのか未だに机の傍に立ち尽くしたままの彼の手がうごうごと蠢いていた。

本当に判りやすい人間だな笠松くん。



「何か不備でもあったかな?」

「っ! いいいやっ!? 不備、はないっ!」

「そっか。なら何か私に用事?」

「うっ…あ、ぐ……っっ」



この人本当に倒れたりしないか。
見て分かるほど狼狽えている、その頭の中が心配になる。

今にも発火してしまいそうなほど真っ赤になった顔を、小動物に接するようにそっと覗きこめば、その行動ですら驚かせてしまったらしい。びくりとその肩が大きく跳ねて。



「ああああっの、っ、みょうじ、っさん…っ」

「はい?」



唐突に名前を呼ばれたことに驚きながら、首を傾げる。
彼が女子の名前を呼ぶのは中々珍しい。それほどまでに何か大事な用でもあるのだろうかと、椅子に座ったまま見上げた彼の目は若干潤んでいた。

あらやだ可愛い。



「あの、あっ…あああ、ありがとうございましたああああ…っ!!」

「へ?…って早いなオイ」



ばびゅん、と漫画のような音でも発しそうなほど勢いよく教室から走り出ていってしまった彼は、結局何が言いたかったのだろうか。さっぱりお礼を言われる覚えがない。

一人残された私はとりあえず教室の戸締まりを確認しながら、彼の言葉に頭を悩ませたのだった。








友人Aの結論




そして明くる朝諸々の出来事を友人に語って聞かせたところ、返ってきた結論に私はまた遠くを見つめたくなるのだが。



(アレじゃない? 弄られると思ってびくついてたところ優しくされて逆に恩を感じたとか)
(…つまり、私のイメージ悪かったのか)
(悪かったっつか、恐怖の対象だったのかもね)
(……まぁ、笠松くんだから仕方ないか)
(うん、仕方ないんじゃん)

20121204. 

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