「もういっそ呆れを通り越してクールだよ…こんな珍解答本の中の世界だと思ってたわ」
「ほっとけ!!」
差し出されたプリントに赤を入れてしまって、思わず呟いた私に真正面から悔しげ…と言うよりは情けない叫びが発せられる。
いい加減嫌気が差してきたのだろう。ばしりと机に叩きつけられたシャープペンは握られることはなく、不貞腐れたように頬杖をつきながらそっぽを向くその男に私はミニテストの答案を差し出した。
「これをネタに慣用句なんかは覚えればいいんじゃない? 『目もあてられない』解答。ね」
「そんぐらいは知ってる」
「あら。イマイチ君も掴めない奴だね」
ほら解説するよ、と机に置いたプリントを指先で叩けば、窓の方に向けられていた視線が渋りながらも戻ってくる。
赤茶けた髪には沈み始めた強い日の光が反射して、ついうっかり綺麗だな、と思ってしまうのが悔しい。
「バスケしてぇ」
その口から零れ出す言葉は歪みなさ過ぎて、溜息を誘うけれど。
「んだよ…疲れたんならもうほって帰ればいいだろ」
「いや、放っといたら君いつまでも部活出れないでしょうが。先生にも頼まれたし、見捨てるのもアレだし」
「ぐっ…べ、別に無理に付き合うこたねぇだろ…帰ったところでお前が怒られるとかはねぇし…」
「だからー、後味悪いって言ってんでしょ!」
「いって!!」
面倒くさくなって掌から弾いた消しゴムがスコンッ、とその額に命中する。
ナイスコントロール、と親指を立てる私に、額を押さえながらあからさまに苛立った様子の男が睨みを効かせてきた。
「てめぇ…」
「短気は損気だよカガミン」
「誰がカガミンだ誰がぁっ!」
「いやん怖い」
「おま、全っ然怖がってねぇだろふざけんな!」
「いいから解説聞こうよ。時間の無駄だよ。タイムイズマネーだよ」
「お前こそそのカタカナ英語やめろよ!」
「筆記の試験は君より上だから安心なさい」
「くっそ! すげぇ納得いかねぇ!!」
ばん、と叩かれた机はいつか割れてしまうのではないだろうか。可哀想に。
しかし本当にふざけている場合ではなく、冬の大会まで意識を高めているという目の前の男やその相棒のことを考えると、簡単にほっぽり出すわけにもいかない。
世の無情さに打ち沈んでしまっている男の頭を突いて起こしながら、私はペンを握り直した。
ただのクラスメイトに手助けできることと言ったら、勉強面くらいしかないのだ。
「ほら、頑張れ。ちゃんと教えるから」
「…おー」
なんとも頼りない返事をしながらも、もう一度シャープペンを拾い上げる姿にほっと息を吐く。
部活動がかかっているのに途中で放り出すような人間ではないことは知っているけれど…押さえる場所を押さえれば、本当にこの男は素直だ。
分かりやすく眉を顰め、唸りながらも進んでいく文字。それらをぼんやりと見つめながら、私は先程男がしていたように頬杖をついた。
「あしがものさわぐ入江の白浪のしらずや人をかくこひむとは」
「…あ?」
ふと、思い出して口にしたそれに反応して顔を上げた男の表情は間抜けなもので。
「な、何だよ。日本語で喋れよ」
「歴とした日本語だよ」
この、馬鹿め。
はぁ、と私が溜息を溢し、それにもまた反応して突っ掛かろうとした男は、すぐ横に音もなく現れた影によって留められた。
「火神君」
「うおっ!? てめ、いきなり出てくんな!!」
「監督が呼んでます。一先ず一度顔を出した方がいいです」
「あ? あー…解った。みょうじ、お前は…帰るか」
「そうだね。とりあえずこの解答に解説書き込んでから帰るわ」
「う…わりぃ」
「いいからお行き」
ひらひらと手を振って見送れば、軽く片手を挙げて返した男の背中が教室から走り出ていく。
貴重品を置きっぱなしで出ていかれると先に帰れないぞ…と思いつつ、未だその場に立ち尽くしている存在へと視線を上げれば、珍しく弛められた唇が視界に写った。
「火神君に搦め手は相手が悪いかと」
「聞かれてたか…黒子君になら通じたのにね」
「でもみょうじさん、解っていて口にしたんじゃないですか」
「…さて」
どうかしらん。
肩を竦めて誤魔化す私を、その目は見透かしているようだった。
日本語で、お願いします
あなたは知らないのですか。
私がこれほどに恋慕っているであろうということをば。
20121202.
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