「ねぇ、首って欲しいと思う?」
「ハァ?」
お互いのスケジュールの多忙さにより久しくなる逢瀬を楽しんでいる合間に、ふと思い付いて口にした私に向けられた顔は訝しげに歪んだ。
「…サロメか」
「当たり」
逢瀬とはいえやるべきことの多い私に彼を構い倒すような暇はなく、その欲求は軽く片がついてから、と決めて資料制作に励んでいる。
様々なデータを整理する液晶越しに見える彼は向かい側のソファーに座り、あちらも恐らく部活の方の書類を手にコーヒーを傾けていた。
これでも楽しんでいるのだ。一応。
交わす会話が多ければいいというわけでもないし、優先すべき事柄はお互いに理解している。
話し掛けてみたのはちょっとした息抜きで、本当にぽんと思い付いたことを口にしたに過ぎない。
彼が訪れる前に淹れていた私の分のコーヒーは、既に温くなっていた。
「ヨカナーンはどれ程の美男子だったのかしらね…描写を読むに個人的には好みじゃなかったけど」
「さぁな。つーか、欲しがるならお前だろ。この場合」
「私なら首だけじゃ足りないもの」
「…そうかよ」
もしどうしても、殺さなければ手に入らないというなら首だけでは足りない。
私だったら完璧にエンバーミングを施して保管するわ。
答えながら微笑む私に向けられた顔は、慣れたようなやり取りでもやはり歪んでいた。
「首だけでも貰えるなら上等だろ」
「あら、欲の少ないことを言うのね」
別に、そういうわけでもない。
書類の束をテーブルに放って、組んだ足に肘をつきながら向けられた視線は軽く弛む。
「つーか…そうだな、お前はマルグリットの方が似合う」
「私だったら捕まえた恋人を逃すような真似はしないわよ」
「病で死ぬことも無さそうだけどな」
面白がるようにほんの少し弧を描いた唇から吐き出された言葉は、プラスに受け取っておく。
志半ばにして死ぬなんて冗談じゃない。
私の望む幸福はまだまだ先にあるのだ。途中で摘まれなくとも美しさくらい保っていられる。
「まぁ、でも」
さてどんな言葉を返すべきかと視線を宙に投げている間に、続けられた言葉を聞いて珍しく私はその顔に視線を向けていなかったことを後悔した。
「オレがアルマンなら…騙されたとしても、迷わず切り捨てて選ぶだろうがな」
直ぐ様視線を下ろしたが、悠々としながらこちらを見つめる表情に変化は窺えない。
何を切り捨て何を選ぶかなんて、察せないほど野暮ではない。
せっかく可愛いことを言ってくれたのにと、内心軽く舌打ちしながらこちらも外見上は落ち着いた笑みを貼り付けた。
「騙されないとは言わないの」
「お前の嘘を見破れるほどできちゃいねぇよ」
「…それでも残るのね」
「どうせ一番縛ってんのはオレ自身だからな」
自分の立場をよく理解している彼は、どこぞの悲劇の相手役よりも賢く不純で、ある意味愚かなのだと思う。
縛られたくて縛られる気持ちなんて、私には解らないけれど。
それでも私を想うが故に自ら糸に絡まる男を、哀れみながら愛しく思う。
「どちらにしろ、私に悲劇は似合わないわね」
気紛れに伸ばした指先は少し前まで顎を支えていた手に搦め捕られて、人指しと中指の第二関節に柔らかく触れた弧を描く唇に眦を細めた。
テキトーと適当
「で、我慢比べはもう終わりか」
「あら…そんなつもりはなかったわよ?」
眇められる瞳ににこりと笑いかければ、不愉快だと言わんばかりに顰められる眉。
共有する時間が殆どない中で全く構わないというのは、面白いことではなかったらしい。随分と素直に態度に表してくれる可愛らしい恋人に、本心から唇を弛めた。
「構って、って言えば吝かではないのに」
「…うるせぇ」
「まぁいいわ。こっちは一段落したし」
企画の方は余裕をもって進行できている。
ファイルに保存をかけてソファーから腰を上げ、彼の前まで歩み寄れば訝しげな顔に見上げられた。
どうしても口に出せないなら、仕方ない。
「構って、真くん」
こちらから譲歩してあげようじゃない。
疾うに解かれていた手をその首に回して擦り寄れば、触れた身体がびくりと固まるのが判る。
そのまま膝に乗り上げれば、焦りを隠せない声が耳のすぐ傍で響いた。
「おまっ、何考えてんだ馬鹿か…!」
「天才よ」
「そういうことじゃねぇ!」
「いいじゃない別に。恋人なんだから」
違ったかしら?、と窺い見た顔は僅かに赤く、これはこれでとても可愛らしい。
気分を好くしてその首元に唇を落とした私の肩口に、その頭が落ちてくるのは一瞬後のこと。
(っ…終いには襲うぞ)
(受けて立つわよ?)
(馬鹿か…!)
20121201.
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