とある秋口、大好きな親友が誕生日プレゼントとして作ってくれたビーズのブレスレットを落としてしまった。

離れた地域の高校に通うその子との大切な思い出が詰まったブレスレットで、私は半泣きになりながら職員室の落とし物入れに走ったのだけれど、一筋の希望はいとも容易く絶やされてしまった。
それどころか、運悪くその場にいた生活指導の担当教員に学校にそんな物を持ってくるからいけないんだと説教を受け、半泣きが本泣きになった。

確かに、尤もな言い分だ。けれど、遠い親友との繋がりを身に付けていたい気持ちだって少しくらいは解ってほしい。
スカートを握りしめながら俯いて堪えきれずに涙を溢す私を見た、最初に話を聞いてくれていた教員は気の毒に思ってくれたのだと思う。両手を並べてまぁまぁ、と宥めてくれようとしていたが、指導教員の耳にはきちんと届いてくれない。

ブレスレットをなくしてしまったショックと教員の厳しい言葉も重なってそろそろ泣き喚きたくなり始めたところで、失礼します、とどこかで聞いたような男子生徒の声が背後からかかった。

反射的に振り向いてしまった先にはきょとんとした顔でこちらを見つめる美男子が立っていて、それが女子の間で騒がれている隣のクラスの氷室くんだと私が気付いた瞬間、彼はその整った顔を柔らかく弛めた。



「人手が足りなくて困ってるんだ。当番じゃないところ悪いんだけど、手伝ってくれるかな」

「っ、え…?」

「っ、こら、まだ話途中だぞ!」

「すみません、先生。時間が圧しているので失礼しますね。行こう」

「え、あっ…」



何が起こっているのか把握できず、戸惑う私の腕を引いて室内から連れ出してくれた広い背中を見つめながらも疑問符しか浮かばなかった。
氷室くんのことは広がる噂により一方的には知っているけれど、面識はない。

当番だとか人手が足りないとか、何のことだか解らないまま狼狽えながらも手を引かれてついていくと、人手の少ない屋上行きの階段を上らされて漸くその足は止まった。



「ここなら人は来ないか…ごめんね、驚いたかな」

「え、と…?」

「泣き顔、あまり見られたいものじゃないかと思って」



説教は受けたいはずがないしね、と微笑む彼はとても優しい顔をしていて、私なんかの泣き顔を晒してしまったことが申し訳ないような気分になる。しかも、嘘を吐いてまであの場から連れ出してくれたのだ。
慌てて止まりかけた涙を拭ってありがとう、と頭を下げれば、勝手にしたことだからと首を振って返された。

人気がある人だとは聞いているから遠巻きにしていたけれど、接してみると優しい人だ。
こんなに顔やスタイルがよくて優しいなんて、モテて当たり前だ。納得できる。

しかし、職員室に来たということなら何かしら用事があったのではないだろうか。
私の所為で未だ用を済ませられていないだろう彼を見上げると、私が言いたいことがあることを悟ってくれたらしい。うん?、と首を傾げられた。



「あの、でも氷室くん、用事があったから職員室に来たんだよね…」

「あれ、オレの名前知ってるんだ」

「! いや、あのっ…えっと、噂とかよく聞くし…あっ、でも悪い噂じゃないから!」

「はは、どんな噂なんだか…ああ、用はそんなに急ぎじゃないから…いや、急いだ方がいいのかな」

「?」



ふと考えるように顎に手を当てる彼に、今度は私が首を傾げる番だった。
そんな彼がロードワーク中に見つけて、と胸ポケットから引き出したのは、青や水色を基調とした三連のビーズのブレスレットで。

思わずその手に飛び付いて再び泣き出してしまった私に、彼は驚きながらもまたすぐに笑ってくれて。
その優しいにも程がある笑顔に、よかったねと頭を撫でてくれた大きな手に、私は単純にも落ちてしまったのだ。








片恋、秘色




単純な奴だと笑われても仕方がない。自分でもそう思う。
けれど、思ったところで手遅れだ。あの時の優しい手を、声を、笑顔を…忘れろと言われてもできるはずがない。



「おはよう、みょうじさん」

「! おはようっ…氷室くん早いね、朝練?」

「ああ、大会近いから皆気合い入っててね」

「そっか…頑張ってね」



ありがとう、と微笑む顔は相変わらず綺麗で見惚れてしまいそうになる。
慌てて下に視線を逸らしてううん、と誤魔化した。

赤くなる顔を、見られたくない。この気持ちは知られてはいけないのだ。



(…心臓、痛い)



恋らしい恋なんてしたことがないから、気持ちの処理の仕方なんて知らない。
だけど、氷室くんの優しさを履き違えてはいけない。

接点なんて何一つないはずの人間に、わざわざ声をかけてくれる。それだけでも贅沢な話だと思う。
それだけでも私は、満足できるから。



(今のまま)



続く限りは今のままでいたい。
あれから着けずにポケットに入れて持ち歩いているブレスレットを制服の上から押さえながら、彼には到底敵わないであろう笑顔を作った。

困り顔で、優しく笑われて終わるなら。
それよりはいつか消えるまで、秘め続けていたい。

20121127. 

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