甘そうだな。
机に向かって俯きながらシャープペンを動かしている、なまえちんを見ながら思う。
少しだけ伸びた髪は柔らかな色で、食べたら甘い味がしそうな、美味しそうな色だと。
近づいてみればお菓子とは違う種類の甘い匂いがすることは知っているけど、知っていても食べてみないと分からないとも思う。
髪の毛なんて美味しくないに決まってるのに、なまえちんを見ているとそんな当たり前のことも疑いたくなるから不思議だ。
オレの手が止まっていることに気づいたのか、ふと顔を上げたなまえちんがぱちぱちと瞬きしながら見つめてくる。
その目も、舐めたら甘そう。さすがに本当にやったら怯えて逃げられそうだけど。
「解らないところでもあった?」
ゆっくりと身体に入り込んでくる声も、何となく喉の奥に甘いものを感じさせる。
なまえちん以外には感じないそんな感覚は、なまえちんが元から持っているものなのか、オレが勝手に感じているものなのか…判断はつかない。
「んー…お腹すいたー」
「ああ…そっか。もう2時間くらいは勉強したもんね」
ふんわりと笑いながら首を傾けるなまえちんの髪が肩から胸に落ちて、どうしても視線を奪われる。
頭からがぶりといったら美味しそうだな…なんて、考えて首を振った。
(化け物みたい)
何を考えてるんだろう。
人間なんて食べれるわけないじゃん。
美味しいはずもないし、食べたらなまえちんはいなくなっちゃうし。
たまにおかしなことを考える頭をぐしゃりと掻いていたら、何も知らないなまえちんはちょっと待っててね、と言って部屋から出ていってしまった。
そうした途端に少しだけ頭の中がスッキリして、今まで考えていたことの異常さを余計に思い知らされた。
なまえちん食べたいとか、何それ。怖い。
「うー…さぶっ」
一人になれば勉強をする気にもなれなくて、立ち上がって窓を開けると冷たい空気が部屋の中に入ってくる。
なまえちんの気配でいっぱいの部屋が悪いことを考えさせるのかと、目が覚めてきた頭で思った。
(でもオレの部屋だともっとまずい気もするし…)
二人で一緒にいられる空間は限られてるし、周囲の目がある場所だとなまえちんは恥ずかしがって甘えてくれない。
二人だと逆に危ないってことには、なまえちんはまだ気づいてくれないらしかった。
そういうちょっと鈍感なのも、可愛いとは思うけど。
「…我慢しすぎかなー」
いっそ、もう少し踏み込んでみるとかすれば、こんなに変なことを考えないんじゃないか。
でも、そうは思うけど、なまえちんを怖がらせたら本末転倒だし…。
「うー…」
「ただいまー…紫原くん? どうしたの?」
「ん、頭冷やしてんの」
窓枠に腕をかけて首を出したまま考え込んでいると、帰ってきたらしいなまえちんに不思議そうに声をかけられる。
冷やしすぎないようにね、と優しい言葉をかけてくれるなまえちんになんだか申し訳ない気持ちになって、色んな意味をこめてごめんねと謝った。意味が解らないような顔をされたけど。
「えっと…とりあえず、おやつにしよっか。少し前にシフォンケーキ焼いてたの」
「! 食う!」
「うん、どうぞ」
調理場まで行っていたらしいなまえちんの手にはお盆が乗っていて、切り分けられたシフォンケーキにホイップが添えられた皿と、湯気が立ち上る二人分のカップが並べられている。
急いで机の上にあった勉強道具を退かせると、空いた空間にお盆を乗せたなまえちんがお礼を言いながら笑った。
さっきまで考えていたことも吹っ飛んでケーキを見つめていると、そっと差し出されたカップの中身にあ、と声を漏らしてしまう。
「ミルクティー?」
「うん、煮出してきたの」
「…これかー」
「ん?」
カップを覗いたままやっと解った、と頷くオレに首を傾げるなまえちんの、肩から落ちる髪の色。
それはミルクを溶かしこんだ甘い紅茶に、よく似ていた。
「そりゃ食べられそうな気がするよねー…」
「えーっと…何の話?」
「なまえちんが美味しそうって話」
「…うん?」
一口、含んだその味は甘くて、喉を下った後はじわりと内側から暖まるような気がする。
似てるなぁ、と思いながら伸ばした手でその髪を撫でれば、わけが解らなそうにしていたなまえちんの顔が綻んで、やっぱり甘そうだと思った。
ミルクティーのような
食べてしまわないように、気を付けないと。
20121124.
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