※身内ヒロイン、高尾がショタです。
大好きだった歳の離れた姉が、結婚を理由に家を出て4年。
義兄の転勤で比較的近くに帰ってきた姉には、3歳になる子供ができていた。
子供ができたことは知っていたけれど、出産は嫁ぎ先で済まされた上に顔を見に出ていく両親とは違い私は頑として会いに行かなかったので、姉とすら顔を合わせるのは4年ぶりになる。
(何、言えばいいんだろう)
頑なだった心も少しは解けてきていたけれど、拒み続けてきた気まずさはどうしようもない。
歳が離れていた分可愛がってくれた姉が私は本当に大好きで、だからこそ結婚と同時に家を出て行ってしまったことが悲しくて寂しくて堪らなかった。
当時まだ11歳だった私には、自分より大事なものを作られてしまったという、裏切られたような思いが大きかったのだ。
さすがに今もまだ恨んでいるなんてことはないけれど、泣き喚く私に困り顔で謝ってきた姉の顔を思い出すと、どうすればいいのか判らなくて。
しかも今回はまた、私の知らない人間が増えているのだ。接し方だって分からない。
3歳といえばそろそろ生意気さを発揮しだす年頃。元々そこまで子供が得意でもない私は、一体どんな悪ガキがやって来るのかと頭を抱えていた。
いたの、だけれど。
「たかお、かじゅなりっ!」
とんでもなかった。
誰だ悪ガキとか言ったのは。数日前の私を軽く叩いてやりたい。
初対面から物怖じしない満面の笑顔で3歳、と指を立ててくる天使に、私の頑なだった心の壁は一瞬にしてがらがらと音を立てて崩れ落とされた。
「か、かずなりくん…」
「よろしく、おねぁいしますっ」
可愛い。なにこの生き物可愛い。
まだ上手く発音できない言葉だとか、無邪気な笑顔だとか、小さいのにぴょこぴょこと動く身体だとか。
とにかく何もかもが可愛らしくて、思いっきり心を奪われてしまった私を見ていた久しぶりに会う姉が、微笑ましげに笑っているのが視界に入って居たたまれないような気持ちにもなる。
けれど、きゅんと高鳴る胸はどうすることもできない。
子供ってこんなに可愛かったっけ。それとも姉の子だからフィルターでもかかっているのだろうか。
「なまえ、よかったら和成の面倒見ててくれる? 少し出てきたいんだけど」
「あ、えっと…私はいいけど…」
この子の方が困るのでは…と甥っ子を見やれば、母には一切目もくれず、物珍しげにきょろきょろと家の中を見回していた。
歳のわりにしっかりしていそうには見えるけれど、さすがに母無しで初対面の人間と過ごすとなると話も変わってくる。
しかも今は両親ともに仕事や買い物に行っていて、家には私一人しかいないのだ。
子供の相手なんてしたことがないし、不安にもなる。
「大丈夫大丈夫、なまえの写真なら何回も見せてるし話もしてるから。仲良くしてあげて」
「えっ、あ…」
「和成ー、お姉ちゃんと一緒にお留守番できるー?」
「うん、できるー」
「じゃあお母さん出掛けてくるから、仲良ししててね!」
「うん!」
大きく頷いて部屋を出ていく母親に手を振る子供の素直さに、少し驚いた。
もう少しくらい駄々をこねるかと思ったのに、姉が出ていってすぐにくるりと振り返ったその子は、蹲み込んでいた私の腕に躊躇いなくしがみつくと、眩いばかりの笑顔で首を傾げた。
「ねーちゃん、あそぼ!」
その無邪気な笑顔を真正面から受けてしまうと、悩むのも馬鹿らしくなってしまって。
「…うん。遊ぼっか」
こんなに可愛い子供が生まれることすら、疎んじながら関わりを避けていた自分に、深く深く反省したのだった。
repaint
「あっ!」
「へ?」
仕事帰りに駅から家に向かっている途中、なまえ姉ちゃん!、と名指しで聞こえたその声に振り向いた私は思わず目を剥いた。
「か、和くん…と…リアカー?」
乗っているのは友達だろうか。
どうも彼よりも体躯のありそうな、いかにもインテリ系といった風貌の男子高生を乗せたリアカーと、それを自転車で引いている甥の姿に呆気にとられる。
昔から面白いことにはすぐに食い付いていく子ではあったけれど、ここまでの奇行は初めて見る。
ぽかんと口を開けたままで固まる私の様子に気づいた彼は、からからと笑いながら手を振ってきた。
「久しぶり! 仕事帰りー?」
「え、あ、うん。和くんは…部活帰りか。お疲れ様…で、そのリアカーは一体…?」
「あー、そりゃビックリするよなー。ジャンケンで負けた方が漕ぐルールなんだけど…あ、姉ちゃんも乗ってく?」
「いやぁ…私はいいわ。和くん漕ぐの大変だろうし」
何より、リアカーはそんなに広くない。
高校生と言えどあんなに大きな子が乗っているのだ。スペースをとってしまうのは申し訳ないし。
それにしてもまた面白い遊びをしているなぁと、今では私の身長も通り越してしまった甥を見上げながら頬を弛める。
随分と男性に近づいてしまったけれど、子供らしい部分が残っていて嬉しくなるのは、見守る側としては当たり前のことで。
「本当、大きくなったよねぇ」
しみじみと呟く私に、まだまだ成長期はこれからだと笑う彼の顔は、天使の面影を残していた。
(あっ、こいつチームメイトの緑間真太郎。で、こっちが母方の叔母ね)
(みょうじなまえです)
(どうも……ああ、確かお前が初恋だとか言っていた‥)
(へ?)
(ちょっ、真ちゃん何言ってくれてんの!?)
(事実なのだよ)
(いや、だからっ)
(え、私和くんの初恋いただいちゃってたの?…やだ嬉しい)
(むっ、昔の話だかんな!)
(ちなみに私の初恋はお姉ちゃんでした)
(まさかの母親!?)
repaint(意:塗り替える)
20121123.
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