その現場を見掛けたのは、本当に偶々だった。



「ずっといいなと思ってて。よければ、オレと…」



普段ならば野暮なことはするまいと見て見ぬふりをして通り過ぎる状況で、そのようにできなかったのはもう一つの聴き馴染んだ声の所為だった。
ごめんなさい、と控えめながらも真っ直ぐに断りの文句を紡ぐ声は、聞き間違えるはずもない。できることならいつでも傍で聴いていたいと思う、彼女のもので。
つい、通り掛かった廊下の窓の外を見下ろしてしまった。



「え、えっと…試し、とかでもいいんだ」

「すみません。私、そういう風にはお付き合いできません」



軽く見下ろした先、中庭のベンチ付近に向かい合う二人分の頭が見えた。
見掛けない男子生徒が必死の顔付きで食い下がるのに対して、静かに首を横に振る彼女は申し訳なさげではあっても迷う様子はなかった。
その態度に安堵を覚えて息を吐き出す。同時に、男子側の気持ちを考えると胸に重いものを感じもした。

気持ちを誤魔化さずはっきりと拒否を示す彼女の姿は少し意外ではあったが、この様子であれば押し切られることはないだろう。
つまりは自分も、時期を誤ればああなるということだ。タイミングを見極めなければと改めて心に決めている最中、視界に入った見覚えのある影につい、声を上げてしまった。



「小早川さん?」

「え? うわっ!…びっくりしたー、黒子くん、いたの」

「はい。何をしてるんですか?」



ボクが外を眺めた窓から二、三窓離れたところから同じように外を見下ろしていた横顔が驚き振り向く。
予想はついていながらも一応訊ねてみれば、ああ、と苦笑したなまえさんの親友という人は人差し指でガラスを突いた。



「ほら、なまえが呼び出しくらってたから、様子見? 強引なのに迫られたりしてたら困るしさ」

「なるほど」



友人思いな予想を覆さない回答に頷き返すと、事前のボクの行動の方も読まれてしまったのだろう。小早川さんの瞳が一瞬にして悪戯に細まった。



「黒子くんも、なまえが気になる?」

「そうですね。気になります」

「正直ねー。うん、でもそれくらい素直だと私も安心」



今更周囲に隠し立てする理由もない。彼女に直接伝わらなければそれでいいので、偽りない本音を口に出す。
その答えに納得したのか、笑みを深めた小早川さんは再び窓の外へと視線を向けた。



「なまえって結構可愛いし、基本あんまり騒がないし。淑やかないかにもお嬢さん系が好きなタイプには受けるのよねー」

「…それは解ります」

「なに? やっぱり黒子くんのタイプでもあるんだ?」

「好みとかはあまり考えませんし、照らし合わせもしませんけど…なまえさんといるのは落ち着きますから」



女性らしいたおやかさのある人だと、見つめる度に思う。
小早川さんを倣って目を向けた中庭で、まだ何か言いたげな男子に軽く頭を下げて速足で校舎に戻ってくる姿を、建物の陰に隠れて見えなくなるまで目で追った。



「でも、意外ときちんと振れるんですね」



小早川さんがここにいるということは、彼女も近場まで上ってくるだろうか。

誰かの恋心を終わらせるようなシーンを目にしても、同調するように疼く胸があっても、顔を合わせて言葉を交わしたいと思ってしまう。
すっかり虜だと半ば自分に呆れるけれど、それでも嫌な気は欠片もしなかった。



「そりゃあ、好きでもない相手と付き合うほど軽い子じゃないもの」

「…そうですね」

「でも、黒子くんはいい線いってるわよ」

「だといいんですけど」



簡単に、拒まれて散らせてしまうには惜しい感情を噛み締めながら、漸く動き出した項垂れた男子生徒の姿を眺める。
可哀想に思う気持ちより、安堵と優越感が勝っているのは、性格が悪いのかもしれないなと唇を歪めた。







立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花




密かな憧れを集める花の、こぼれ落ちるような表情を知っている。



「あ、いた、歩ちゃ…テツヤくん!」

「こんにちは」

「こんにちは…テツヤくん…もしかして、見てた?」



近い階段のある方角から小走りにやってきた影が、親友を見つけて声を掛ける途中で切り替わる。
またも外れなかった予想に満足しつつ、近寄ってきた彼女からの問い掛けにはすみません、と返した。



「偶然見掛けて。少し心配で見てました」

「歩ちゃんだけでなくテツヤくんまで…過保護だよ…」

「そーじゃないでしょ」

「え…?」



やれやれといった顔で肩を竦め、突っ込んでくれた小早川さんの台詞にはありがたく乗っておこう。
きょとんとしながらボクに廻ってきた視線に、ほんの少しの笑みを向ける。



「過保護というか…ボクよりも仲のいい人がなまえさんにできると、困るので」

「えっ…」

「断りきれずにいるなら、邪魔しに行こうかと思いました」

「! そっ…」



酷い言葉だと我ながら思う。けれど気持ちに嘘もない。
先程男子生徒に向けていた表情とは打って変わって、徐々に色付いていく頬の色に胸を打たれた。



「そんなの、必要ない…よ……」



一番仲がいいの、テツヤくんだもん。

果実のように赤くなった顔が、はにかむ。
脅威的な威力を持つ言葉並びと花弁が綻び開くような表情に、期待して高鳴りかける鼓動と浮き上がる熱を飲み込み、抑え込んだ。

特権はやはり、手に入れているのかもしれない。



(小早川さんの言葉も、信憑性あるかもしれませんね…)
(でしょ)
(え、な、何? 二人して何話してたの…?)
(ナイショー)
(ええっ? て、テツヤくん…?)
(今はまだ秘密です)
(えええ…っ?)

20140412. 

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