マンションから歩いて十数分、人気のない公園に足を踏み入れた瞬間に両腕を空に突き出した。



「さぁーくらぁーっ!」

「おまっ…何叫んでんだよ時間考えろ!」



慌てた様子で背後から掛けられる声も、充分でかいと思うのだが。
そこにはツッコミは入れずに、くるりと振り返った先には重箱を抱えた馴染みの男の姿がある。



「えー? だって満開の夜桜とか、ワクワクするじゃん」

「お前はガキか!」

「ガキだよー? 私も君も」



高校生なんて羽目を外す年頃真っ盛りだ。補導されるのは困るから気を付けはするけれど、人気のない公園内で私服で騒ぐくらいは大丈夫だろう。
夜になるとまだ肌寒いということで、拝借したパーカーは随分と丈がある。余った袖を揺らして手招くと、呆れた顔付きでありながらも馴染みの男は寄ってきてくれた。



「さっ、シート敷いてご飯食べよう!」

「マジでこんな時間に食うのかよ…太るぞ」

「女子的禁句をさらりと出しなさんな。せっかく作ったのに無駄にする方が嫌でしょ」



わざわざ強請って自分も少し手伝って拵えた重箱の中身は、彩りまで完璧な見栄えなのだ。
蓋を閉める前にハイタッチするくらいには素晴らしい出来だというのに、作るだけ作って食べることは許されないなんて酷すぎる。

レジャーシートを一番大きな桜の下に敷きながら、少しだけ拗ねた風を装った。



「大体、かがみんが昼間に時間とれないから花見も夜で近場になったんだし」

「ぐっ…それはっ…そうだけどよ」



花見の約束は取り付けど、部活に忙しいこの男は中々うまく時間を割り振れない。
結果、時間に余裕のある夜ですぐに撤収できる近所という規模の小さな花見となった。

いくら名所に行こうと、馬鹿騒ぎする人混みの中では桜もお弁当も楽しくいただけたかは判らないから、その点は私には特に不満はないのだけれど。



「別に、オレじゃなくても一緒に行く奴いただろ」



私以外には違う風に聞こえたらしい。
どこか憮然とした呟きを拾って、こいつは本当にどうしようもないな、と頭を掻きたくなった。



「私はかがみんと花見したくて誘ったんですが」

「……悪い」

「何本気で謝ってんの…いいよ、ほんとに。怒ってないし」



本当この子は素直なんだから。

呆れと愛玩の混じる気持ちで高い位置にある頭をよしよしと撫でると、さすがに恥ずかしかったのか振り払われてしまった。
相変わらず純で憎めない奴である。



「かがみんがいなかったら、ここまで美味しそうなお弁当は作れてないしねぇ」

「なまえてめぇ…そっちが本当の狙いかよ」

「料理の腕ごとかがみんの魅力と捉えてる」



大好きだ、と真顔で伝えてみれば見え見えなんだよと頭を押さえられた。
手加減はされているのだろう。全く痛みはなかった。

そういうところがこの男の狡さだ。我儘を言っても受け入れてしまうし、身勝手に振る舞っても許してしまう。
髪をぐしゃりと乱してくる手は大きいのに、乱暴さは感じない。



「微妙にフェミニストだよねぇ…」

「あ? 何か言ったか」

「いいえー。そーいや飲み物なかったね。ちょっと買ってくるわ」

「一人で大丈夫なのか?」



ほら、またこれだ。

女扱いなんてしていないくせに、心得てもいないくせに、ただただ持ち前の優しさや親しみから気を使ってくる。
乙女心を擽り女子を勘違いさせるのも、その実かなり上手いに違いない。

どうせ無意識なんだろうけどさ。



「平気平気、すぐそこに自販機あるから」



へらへらと笑い返してその横をすり抜ける瞬間、私がなんとも言えない顔をしていることなんて、この男は気付きもしないのだ。









すれ違ったあなたは花の香りがした




入ってきた方と逆側の入口を抜ければ、すぐ傍に自販機が置かれている。
適当にお茶とコーヒーを一本ずつ買って引き返すと、座って待っているかと思っていた男は低い位置の桜の枝を引っ張って顔を近付けていた。



「何やってんの? はい、お茶ね」

「うおっ! ああサンキュ…いや、何かさっき匂いがしたからさ」

「はい? 匂い?」

「あー…お前が通り過ぎる時に匂いがしたから。桜じゃねぇよなって」



フワって鼻に入ってきたんだけど、と訝しげに眉を寄せる男に、心当たりを見つけて頷く。



「ああ、私来る前にシャワー浴びたから。シャンプーかな」



お弁当を作っている間に少し汗もかいたし、帰ってからお風呂に入るのは面倒そうだという自堕落な思考も働いて、超特急でシャワーを浴びて髪も乾かしてきたのだ。
花のような香りがする要素はそれしかない。ぽん、とコーヒー缶で手を叩くと、返ってきた反応ははっきりとしないものだった。



「お、おお…そっか」



もごもごと何かを言い澱むような態度で、顔を逸らされる。
枝を放してシートに向かう背中に、僅かに悪戯心が湧いてしまう。



「なーに、意識でもしちゃった?」

「なっ…何言ってんだお前っ!?」



バカ言ってねーで食うぞ!、と叫んだ声は今日一番のものだ。
動揺するにも程がある。それでは肯定しているのと同じではないか。



(ああ、しまった)



やっぱ、夜は駄目だわ。

桜を照らすには充分のライトでも、人の顔色までは確認できない。
惜しいことをしたと嘆息しつつ、広げられたお弁当を食すべく男の正面に座り込んだ私はパーカー付きのフードを被りこんだ。



(よっし、食う…ってお前何でフード被るんだよ)
(誰かさんが匂いを気にしたので、マーキングしようかと)
(っ!? てめっ、脱げ! 被んな!!)
(冗談。どうせそんな簡単にうつらないよ)
(そっ…そうなのか?)
(うつったらいいんだけどねぇ)
(…はぁ!?)

20140412. 

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