しまった。どうしよう。マジでどうしよう。

テレビ画面に映し出される展開にじわじわと掌に汗をかき出すのを感じて、意味もなく唾を飲み込んだ。
自分達以外の気配のない談話室に流れ出す妙な空気に、緊張感が高まっていく。画面には洋画では有り勝ちなラブシーンが映し出されていて、ここがクライマックスと言わんばかりに男女が深い口付けを交わしている最中だった。

これは、居づらい。物凄く。
味の判らなくなったお菓子を飲み込むと、勝手に顔が歪んでいくのが自分でも分かる。
さすがにあからさまないやらしさはないけれど、今現在映し出されている部分は中々に際どかった。
字幕だったから、台詞を目に入れなければ少しはマシになるかと思った。けれどどうしたって、作り出されたしっとりとした空気感は画面や音声に漏れだしてしまう。この先の展開を示唆するようにベッドの上に倒れこむ男女の動きが、シーツに皺を作る。その様にうわあ、と声を上げなかった自分を褒めてやりたかった。

何かもう、際どい以外に感想が出てこないんだけど。
二人掛けのソファーで隣に座っていたなまえちんがどうしているか気になってこっそり窺えば、俯いた頭は髪の間から赤くなった耳が覗いていた。

まぁ、うん、そうだよね。
オレの彼女は初で可愛い…なんて、思っている余裕がない。いや、可愛い。なまえちんは勿論可愛いんだけど、正直オレも結構焦っている自覚があった。



(オレこれどんな反応すればいいの)



談話室には運悪くオレと彼女の二人しかおらず、ムード満点な空気が流れ始めている。
これがどこぞのチームメイトならチャンスじゃないか、と言い出しそうなものだけれど、生憎まだまだ清い関係続行中のオレ達にはこのハードルは高過ぎた。
こんな時、どんな顔をして何を言えばいいのかが判らない。

ああもう、恋愛映画なんか視なきゃよかった。
数十分前の自分を、つい責めたくもなってしまう。

なまえちんが視たくて借りてきたというDVDに、特にこれといった興味があったわけじゃない。
ただ、一緒に視れば傍にいても気に病ませないだろうと思って、居続けてしまっただけだったのに。それだけのことだったのに、これは本当に失敗だった。
お互いに一人の時に視ただけならそうでもなかったはずだけど、なまえちんと二人で並んで視るには濃いラブストーリーは刺激が強すぎる。今後の勉強にはなったけど、今は後悔でいっぱいだ。



(…消しちゃ駄目かな)



やたら甘ったるい囁きとか、ムード満点な音楽とか、揺れ動くシーツとか。このまま二人で視ているのはかなり辛い。終わった後にどんな顔をすればいいのか本気で判らない。
ああでもなまえちんは視たがってたし…と迷う気持ちもある。邪魔したいわけでもないし、オレが適当に何か言って立ち去れば気まずさも解消できるだろうか。

真顔でお菓子を貪りながら真剣に悩んでいる時、唐突にぶつん、と画面が暗くなった。



「え……っと」



なまえちん?

もう一度ぎこちなく首を捻って見下ろせば、リモコンをそっと下ろした彼女は真っ赤に染まった顔はそのまま、忙しなく目をさ迷わせながら立ち上がった。



「あ、あの、あれっ…あの…用事、思い出して…っ」

「あ、う、うん。うん、あれだよね大事な」

「そ、そう大事なあれ、あの…用事がっ……」



わたわたと両手を動かすなまえちんに、つられてこっちまで必死に頷いてしまう。
林檎のように熟れてしまった頬と少しだけ滲んだ涙が可愛いとか、噛み締める余裕はやっぱりなかった。



「そう、あれ、だからっ…ごめん…!」



湯気が出てしまうんじゃないかと心配になるくらい動転していたなまえちんは、一言謝ると脱兎の勢いで談話室を走り出ていってしまう。

多分、あの調子じゃ今日は追いかけない方がいいだろう。取り残されたオレも深く息を吐き出しながらそう結論づけて、デッキの中のDVDを取り出すために立ち上がった。
なんとか一先ず窮地は脱せたみたい。だけれども。



(あれって何だよ誤魔化せてねーし…!)



もうちょっと、どうにかスマートに対処できる訓練が必要かもしれない。

噛み砕いたお菓子はやっと、本来の味を味覚に訴えだした。







あれ?




(バカだなアツシ、そんなの雰囲気に乗っかるチャンスじゃないか)
(絶対言うと思ったし! だからあんたは嫌なんだよ!!)

20130411. 

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