「なまえ、帰るぞ」



慈愛に溢れた穏やかな声に名前を呼ばれて目を開けると、夕日に照らされて更に鮮やかに色づく赤い髪が見えた。
突っ伏していた机から身体を持ち上げれば、いい子だとでも言うように優しい手つきで頭を撫でられる。

いつものように私の手を取り、いつものように私の荷物まで抱え、いつものように征十郎は美術品のような微笑みを浮かべている。
こんなに綺麗な人間が一度部活に入ると鬼のような指示を出しまくるというのだから、世界にはまだまだ不思議が残っているなと、いつだって私は思うのだ。



「何もなかったか?」



自分が目を離している時のことを、征十郎はよく気にかける。
思いっきり寝こけているところを見れば特に問題は起こっていないことなんて判るだろうに、わざわざ聞いてくるところが面白い。

頷いた私の頭に、これまた満足げに笑った征十郎の手が伸びてきた。



「そうか。それならよかった」



綺麗な笑顔だと、息を吐く。
眩しく感じるのは夕日の所為か、征十郎の人間性がそうさせるのか、私には判断できない。

私の立った後の椅子を直して、私が出た後の扉をきちんと閉めて、私が脱いだ上履きをローファーと入れ換えて、私の手を引いて家まで送り届ける。これはいつものこと。
夜には寝る前にメールが届き、朝には目覚ましコールが入り、その上早くから家にやって来て身仕度から手伝って、やはり私の手を引いて学校へ向かう。
そして学校でも私が粗相をやらかさないか見張り、やらかした場合は率先して片付けてしまう。
完璧な人間である征十郎は、昔から何故か異常なほど私の世話を焼きたがった。

どうしてそうなってしまったのかと言えば、原因は思い出せない。
征十郎と知り合ったのは小学校の低学年の頃で、気づいた時には既にこの関係性は出来上がってしまっていた。
疑問に思う暇すら与えられなかった。
手練手管とはこういうものかと、素直に感心してしまったくらい征十郎の誘導はスマート過ぎたのだ。

周囲の人間は付き合っているのかだとか、ペットの世話をする飼い主みたいだとか、好き勝手言っているみたいだけれど。
それすら気にならないくらいには定着してしまったやり取りに、嫌悪感も抵抗感も今更抱けるわけもなく。



「なまえは素直でいい子だな」



寧ろ、私を可愛がって満足しているその顔を他に譲るくらいなら。
愛しげに頬を撫でる手が離れていくくらいなら私は、彼の囲いの中で可愛らしく囀り続けたいと、そう思ってしまうのだ。



「征十郎」



その名を口遊むだけで、これ以上ない喜びを表情にのせてくれるから。






鳥籠のカナリア




空を飛ぶより貴方のために、私は望んで唱うのです。

20121114. 

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