麗らかな春の日差しの心地よく差し込む窓際の席は、この季節には天国と言っていい。自らのくじ運を讃えながら、今日も耳にイヤホンを装備し死角となる机の影で疑似恋愛を楽しむ。
画面上の彼との逢瀬を何よりの楽しみとする私の邪魔をするような人間は、クラス内には存在しない。遠巻きに痛いものを見るような目を向けられるか、近くで呆れた目を向けられるかのどちらかで、どちらも実害にはなるわけではないので気にする必要も特にない。
ホームルーム開始までの朝の数十分をイケメンとイケボイスに彩られる一日の始まり…何てマーヴェラスな朝だろうか。
素行も成績もオールファイブを修めさえすれば教師の詮索も甘くなるものだ。携帯ゲーム機なんて明らかに校則に引っ掛かる持ち物を所持していても、今まで一度も咎められるどころか見付かったこともないのは、密かな私の自慢である。
(ひさみんはクリアしたしー…次は誰にしよっかな)
所謂恋愛シュミレーションゲームとは、狙っているだけあって本当に美味しいイケメンが揃っている。
信条として最愛キャラは隠しルート以外では最後に回す、美味しいものは後で食べるタイプの私は残るキャラクターの誰から埋めていくかと悩む。
王道天真爛漫系、ツンデレ眼鏡系、ワイルドイケメン系、甘えた食いしん坊系…因みに一つ手前で攻略したのは儚げ文学少年系だったが、どうするか。
セレブ厨二病系は隠しルートだろうし、やはりここは前回と同系統の方が掴みやすいかもしれない。
「ツンデレ眼鏡にするか」
こいつは初っぱなはイラッとさせられるが後からほだされて可愛く見えてくるタイプと見た。
よし、落とそう。頷くが早いか最初の選択肢までスキップする。彼に辿り着きそうな選択を選び押そうとした瞬間、しかし私の指はイヤホンの向こうから聞こえてきた呼び声によって中断せざるを得なくなった。
「なまえーっ!!」
叫ばずとも聞こえるし走らずとも逃げていないのに、落ち着きのない男子生徒が自クラスでもないのに勢いよく飛び込んでくる。
そのまま席まで走ってきたかと思うと、私の手の中のゲーム機をしっかり見付けて、強引にイヤホンを引き抜いた。
「なまえ! 何で昨日試合見に来なかったんスか!」
「はぁ? 試合…?」
何してくれるんだとは、もう口にする気もしない。
また五月蝿いのが来た…と嘆息しつつ電源を落とす私に、きゃんきゃんと吠えかかるそれなりの付き合いの男子は大袈裟に騒ぎ立てた。
「レギュラー選抜だけど、試合するって言ったじゃないっスか! なまえだって観に来てくれるって約束した!」
「あー…したっけ?…したかも?」
「したっスよ! なのにいつまで経ってもなまえ来ないし、オレ頑張り損じゃないっスかー!」
「いいじゃん。頑張ったってどーせまたすぐ部活変えるんだから」
「それはっ…そうかもしんないけど!」
確かに、こうして五月蝿く騒がれるのが面倒になって、適当なことを言って収めたこともあったような気がしなくもない。
しかし部活の見学を本当にするにも、私はこいつ、黄瀬涼太の現在所属している部活すら把握していないのだ。観に行くにも場所を知らなければ探せない。探せないのなら行けなくても仕方ない。
(まぁそもそもひさみん攻略中だったし、知ってても行かなかっただろうけど)
ころころと絶えず部活を変えている相手にも、非がないこともないだろう。
頬を膨らませている、恐らくは幼馴染みと呼ばれる位置に立つ男子に軽くごめんと声を掛けても、拗ねた態度は変わらなかった。
面倒くさい。が、イヤホンの先を返してもらえないと続きができない。それはとても困るし、潤い足りなさに私は干からびてしまうだろう。
「ごめんって。ねぇ、次は行くから」
イヤホン返して…?、と比較的優しく誘いかけたのだけれど、きっ、と眉をつり上げた幼馴染みはさすがにもう引っ掛かってはくれないようだ。
「そう言って来てくれなかったの、これで三回目っス!」
「数えてるわけ」
「数える数でもないっつーか、毎度毎度そーじゃないっスか! どうせまたゲームしててオレの試合なんてポロッと忘れてたんでしょ!」
正しくは忘れるどころか覚える気からしてなかったというか。
しかしそんなことを口にしようものなら更に拗ねかねないのでお口チャックだ。面倒くさいことには関わりたくない。
クラスメイト達の呆れきった視線を集めつつ、さてどうやって言い宥めるかと思案していると、目元を厳しくした幼馴染みは大体何で、と叫んだ。
「オレっていう幼馴染みがいるのになまえはこんなんにハマるんスか! イケメンならすぐ近くにいるってのに…!」
その自意識過剰だが世間一般的には間違っているわけではないらしい台詞と、勢いよく叩かれた机に、私はそいつの足を一度蹴る勢いで足を組む。
一般的には正しくても、私個人的には引くことのできない論議もある。
「全ての女が三次元イケメンにコロッと持ってかれると思うなよ」
びしり。所謂イケメンの眉間に突きつけてやった人差し指に、びくりと肩を跳ねさせた張本人を黙らせるのは難しいことでもない。
次の言葉が出てこない内に、畳み掛けるように続けた。
「世には様々な人種が蔓延っているの。中でもB専や二次オタの人間からしてみれば三次元イケメンの方が論外! 範疇外! 非興味対象!!」
「ぐっ…」
「つまり自覚あるチャラ系三次元イケメンなんて話にならない話題にも上がらない!」
「ひ、ひどっ…あんまりっス…! それじゃ一生オレは興味も抱かれないって話になるじゃないっスかぁーっ!」
厳しかった表情から一転、泣きそうに顔を歪める幼馴染みはどうしたら認めてくれるのかと騒ぎ立てる。
どうもこうも、諦めてしまえと度々言い聞かせているのに、飽きないものだ。
それにしても、自分が一生もののイケメンだと自覚した人間のウザさといったらない。
力をなくした手の中からイヤホンを回収しながら、歪んでも崩れない顔を見上げた。
確かに、造形は悪くないんだろうけどね。
「まぁ、動いて喋らなくなったら認めてあげるよ」
「死ねって!?」
「そこまでは言ってないよ。それでもいいけど」
「あ、あっあんまりっス! 幼馴染みに掛ける言葉じゃないっスよそれ!! 全然、オレのこと大事に想ってない!!」
「解った幼馴染みやめよ。それがいい。そうしよ」
「っバカぁあああっ!!」
とうとう泣き出した幼馴染みが、背を向けて教室から走り出ていく。似たような背中をこれで何度見ただろうか。
(懲りないわ)
本当に。
二次元至上主義者
電源を入れなおしセーブデータを出すと、王道天真爛漫系の選択肢をもう一度選ぶ。
最後までとっておいてやる気が削がれてしまって、溜息が出た。
20140410.
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