朝は、寮を出て学校に向かう途中いつものように隣に並んで歩調を合わせてくれていた紫原くんに、キャンディーを渡された。

学校に着いてからは、休み時間に教室に顔を出した紫原くんに、キャラメルを渡された。

昼は、ご飯を食べた後二人でゆっくり過ごしていた時に、マシュマロを渡された。

そして放課後の部活前。ずいっと目の前に差し出されたクッキーに、さすがに私も首を傾げた。



「えーっと…紫原くん?」

「あげる」

「う、うん…ありがとう…」



今日はまた、どうしたのだろうか。
普段から私には進んでお菓子を分けてくれようとする彼ではあるけれど、さすがに今日一日で差し出された量には疑問を覚えずにはいられない。

何かあったのかなぁと思いつつも、きちんと食べるところまで見張るように観察してくる紫原くんの視線から逃れられもしない。



(太らせたいとかじゃないよね…)



期待する目で見られてしまうと食べないわけにもいかず、袋を破りながら考える。

規格外の体格を持つ紫原くんはことあるごとに私を小さいとか細いとか壊れそうとか、言ってくることがある。けれどそれは本当に、規格外サイズの彼から見た話であって。
一応私だって平均の身長は越えているし、痩せ細っているわけではないから、もしそんな思惑を向けられているとしたら女子として困るところなのだけれど。



(……胸とかもっとあった方がいいとか…?)



そんなに小さくはないと思う自分の胸を見下ろしながら囓ったクッキーは、ただひたすらに甘い。
でもこれ以上あっても服が選びにくくなるんだけどなぁ、と一人で悩んで唸りを上げる私を、じっと見下ろしていた彼が何故かううん、と唸り声を被らせた。



「え、何…?」

「んー……いーや後で。練習行こ」



何でもない、と誤魔化して手を引かれてしまうと、彼に引き摺られないよう足を動かさなければならない私に疑問を投げ掛けるような余裕はなくなる。
彼も彼で何か考え事でもしているのか、いつもよりも速い歩調は部室に着くまで緩められなかった。






そして、いつもと変わらず厳しいメニューをこなした部活後。
着替えも済ませて合流して、さあ帰ろうかとなった時に、ごそごそとバッグを漁った紫原くんが渡してきたのはチョコレートだった。



「……えっと…」



これはやっぱり、本気で太らせようとしているのでは…。

苦い疑念にどんな顔をしていいのか、私にはもう判らない。
とりあえず、何の思惑もないということは確実にないだろう。もういい加減に小さな奇行を指摘して、その原因を訊ねてみてもいいだろうか。

見上げてみた紫原くんは何か考えているのかいないのか、無表情に近い顔で、やっぱり私を観察するように見下ろしてきていた。



「紫原くん…」

「ん、なーになまえちん」

「今日、あの…どうしたの?」



どうって?、と首を傾けてみせる彼に、朝からやたらとお菓子ばかり与えてくるから、と素直に口にしてみる。

普段もよく分けてはくれるけど、ここまで頻繁でもないよね。
募っていた疑問をぶつけてみると、何故かまた彼の方がえええ、と眉を寄せた。



「どうしたのはオレの台詞なんだけどー…」



そして、よく意味が解らないことを言う。

真面目な表情に圧されて、それ以上何を訊ねればいいのか解らなくなってしまった私に気付いたのか、紫原くんは一つ溜息を吐き出すとゆっくりと歩き始めた。
その隣に並ぶように私も歩き出せば、自然と空いている手をとられる。



「なんかさー、朝からなまえちんぴりぴりしてたじゃん…不機嫌とかまではいかないけど、ちょっと」

「えっ…」

「怒ってんのかなーとも思ったけど…オレに当たったりとかもしないし」



てことは、原因オレじゃないよね?

ほんの少し控えめに、確信はなさげに訊ねてきた彼に、慌てて首を縦に振って返した。



「うん、だよねーよかった…いや、よくないんだけどー…まぁ、だから?」

「だから…?」

「うん。何があったか知んないけど、甘いの食ったら楽になるかと思ってさー」



話してくれるなら聞くけど、イライラしてるんだったら楽になった方がいいし。

そんな彼の言葉に、繋がれていない方の片手に持ったままのチョコレートへ目を落とす。
不機嫌。そんな気持ちを、外に出していたつもりはなかったのだけれど、そういえばと思い当たるものはあった。

昨日、見ず知らずの先輩に少し理不尽な当たられ方をしたのだ。
一種苛めじみた命令をされることは中学時代にもあったし、今更傷付くようなことはなかったけれど。モヤモヤとした気持ちは引き摺ってしまっていたのかもしれない。
他の誰にも苛立ちを指摘されはしなかったし、分かりやすく面に出ていたわけでもないはずだけれど。



「…よく気付いたね」

「そりゃーね、なまえちんのことだから。…でもやっぱお菓子だけじゃ駄目だった?」

「え?」

「なまえちんだんだん難しい顔になってったし…」



楽にしてあげようと考えたのに、それがうまくいかなかったようだと分かると、彼の表情が僅かに沈む。
対する私の顔はといえば、申し訳ないけれど、弛んでしまうばかりだ。

だってそんなの、可愛くて嬉しくて、堪らなくなってしまう。



「そんなことないよ」



確かに、お菓子ばかり与えられることには疑問を覚えて悩んでしまったけれど。
その間に当初あったはずの苛立ちなんて跡形もなく忘れてしまっていたし、今だって彼の気遣いを思うと幸せな気持ちが余裕で勝ってしまうから。



「紫原くんのことで悩むのは、いいの」

「…なにそれ」

「そのまま。もう大丈夫だから、チョコレートは分けて食べよっか」



満面の笑みになっている自覚はある。私の態度を見極めたらしい彼は、照れたように目を逸らしながらもうん、と頷いてくれる。



「やっぱりお菓子は偉大だし」

「うん」



私にとっては紫原くんの方がね。
とは、口に出さずに仕舞っておくことにした。







sweets magic




(でも、お菓子尽くしで太らせるつもりなのかと思っちゃった…)
(そんな気なかったけど…まぁ痩せるよりはいーんじゃないの)
(えっ…)
(なまえちん小さいしねー)
(…ど…どこが?……胸…?)
(…ごめん何の話だっけ!?)

20140407. 

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