※高校生時間軸により、関係性のネタバレあり






昼休みに入って数分も過ぎれば、校内は何処もかしこも生徒達の話し声で溢れかえる。
ざわめく廊下、いつも通りのルートで歩みを進めていると、背後から慌てたような声が掛けられた。

副会長、と呼ばれて振り向いた先には、こちらへ駆けてくる知人の姿がある。彼は確かテニス部の副部長だったか…と記憶と照らし合わせて、目の前までやってくるのを待った。



「どうかしましたか?」

「ああ、生徒会長に伝言があるんだけど、例の通り捕まらなくて…」



困った笑みを浮かべて言葉にされた内容は、薄々予想ができていたものだった。
背負い込んだ仕事を効率重視で一気に片付けてしまおうとする私の幼馴染みに、頭だけでもついて行くことができる人間は少ない。行動になれば尚更のことだ。

またかと呆れた思いを抱きつつ、人当たりのいい笑みを貼り付けることにも慣れたものだった。



「それなら私から伝えておきましょうか」

「お願いしていいかな」

「ええ、任せてください」



にっこりと笑って頷いてみせれば、僅か上方にある男子生徒の顔は分かりやすく赤みを増す。
幼馴染みが捕まりにくいことに加え私自身も接点を望まれやすいというのも、この状況を生み出している要因だった。



(面倒くさい…)



やはりというか、共学ともなると色目で見てくる人間も増えるものだ。
好いてくれるのは嬉しいけれど…なんて、甘い気持ちを今更抱いたりもしない。中も外も金も力もない子供に好かれたところで、清濁どちらにも身を振る私のような人間が胸を高鳴らせられるわけもなかった。中身の歳も歳なのだけれど。

何重にも猫を被った私の根っ子を、知る人間は少ない。
見た目と外面にほいほい引き寄せられる、その年相応さは可愛くないこともないけれど、人数が増えれば鬱陶しいのも本音だった。

お陰でまたも、影より女子達の嫉妬を浴びてもいる。
私の本意ではないのに…とは、誰の耳にも入れてもらえない愚痴だ。



(女子校は女子校で色々あるけど…これはこれでな…)



いらぬ敵対心を煽っていることを考えて、溜息が出る。
その原因の一端になる幼馴染みはといえば、私が生徒会室に足を踏み入れた瞬間に嫌がらせのようにべったりと張り付いてくるものだから。

やっぱり女子校に進んだ方がよかったかなぁと、後悔に駆られるのも茶飯事となりつつある。



「ちょっと征十郎…動けない」



毎度毎度、人目がない場を選んでいるとはいえ学校内でまでこの調子とは如何なものか。
腰回りの圧迫感と肩に乗った人の頭の重さに、もうこれで何度目になるか判らない溜息を溢す。



「動くな。補給中だ」

「何のよ」

「なまえ以外の何がある」



身体の振動さえ同時に伝わってくる。その声に苛立ちを感じ取り、さて、と宙を見上げた。
先程話し掛けてきた男子生徒は、生徒会長は捕まらなかったと言っていた。身を隠すつもりならこの場に征十郎がいるはずはないし、やはりあれは私に近付く口実だったのだろうか。



「なまえは愛想を振り撒きすぎる」

「どこから見てたの」

「どこだっていいだろう。自覚があるくせにお前は本当に質が悪い」



補給というか、マーキングね。

ごりごりと押し付けられる頭が地味に痛い。
こちらもこちらで独占欲を拗らせているから面倒なのだと、口にはせずに幾分か広い背中を撫でてやる。



「顔がいいのなんて今に始まったことじゃないでしょう」

「だから簡単に隙を見せるなと言っているんだよ。男を浮かれさせるな」

「外面は大事よ。いい印象を抱かれるに越したことはないし」

「八方美人」

「誉め言葉ね」



持ち上げられた顔は不満に満ちたもので、ごつりと強めにぶつけられた額がまた痛い。
子供じみた表情を面に出してくる幼馴染みは、それでもどうしたってこの目には可愛く写ってしまう。

中身が可愛くないことなんて、もうとっくに解っていることなのに。



(お互い様か)



至近距離から睨んでくる瞳は、脳内に強く二つの色を刻み付けてくる。
この男にとっての私も、可愛いのに可愛くない幼馴染みなのだろう。



「そんなに嫌なら引き摺って来なければよかったのよ」



私の根底を引き摺り出してもまだ、足りないと騒ぐくらいならば。京都まで引き摺ってきて共学校に通わせたりしなければよかったのだ。
最初から諦めてしまえばと口にした私に返ってきたのは、厳しい声音だった。



「馬鹿を言うな」

「そうね」



貴方なら、そう言うと思った。

伏せた目蓋の上に降りてくる唇だけは、優しい熱を灯して離れていった。








キミを見つけられるのは――。




私達の本当、私達の本質は、私達の中だけにしか存在しなかった。

20140406. 

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