チャイムと同時の号令を終えると、途端にざわりと人の話し声が重なって響き始める。
ライトを点滅させて着信を知らせる携帯を手に取り、届いていたメールを確認したボクは予め買っておいた昼食を手に立ち上がった。



「どっか行くのか」



特に約束してそうしているわけではないが、普段なら前後の席潤ということもあって自然と昼休みを共にしているチームメイトに、何気なく訊ねられて頷き返す。
ええまあ、と。



「猫が待ってるんです」

「は?…おまっ、犬の次は猫拾ったのかよ!?」

「拾ってません」

「はあっ?」



意味が解らない、という気持ちをそのまま取り出したような呆気にとられた表情を晒す火神君は、本当に分かりやすい人だと思う。
目に見えそうなほど疑問符を飛ばす彼が面白くて、つい口元が弛んでしまった。



「元から、ボクの猫ですから」



益々わけが解らなそうな顔になるチームメイトを置き去りに、歩き出す足取りは軽いものだった。









天気がよく風も穏やかな日は、決まって日向に誘い出される。校内で最も静かで居心地がいいのだと語っていた図書室の窓から遠くない位置にある中庭のベンチに、無防備に転がる彼女は寝息を立てていた。
呼び出してからそう時間も経っていないだろうに。しっかりとバッグを枕にしている健やかな寝顔に、呆れた溜息を吐き出しながら手を伸ばす。



「なまえ」

「ういっ…!」



女性らしい滑らかな頬を少し強くつねると、びくりと肩が跳ねる。すぐに開かれた目蓋の下から現れた瞳は、こちらを見上げて眩しそうに細まった。



「こんな場所で寝るなんて、無防備にも程がありますよ」

「ほめん」

「ボク以外に誰か来たらどうするんですか」



起き上がろうとし始めたので早々に解放すれば、軽く頬を擦りながら隣を開けるように座りなおした彼女は悪戯な笑顔を浮かべる。
だって気持ちいいからさぁ、と悪びれもしない幼馴染みに、空いた隣に自分も腰掛けながら再び溜息を溢した。

何を言っても通じない。こちらの機微も悟っていて、振り回すことも楽しんでいるのだ。



「テツヤとお昼は久し振りだねー」

「そうですね」



なまえと昼休みを過ごすことも、普段は特に約束していない。
中学時代から、お互いの付き合いに無駄に首を突っ込んだりはしなかった。が、高校に入学してからは更に干渉することが減ったようにも感じている。

中学生だった頃は、校内でももう少しは、同じ時間を過ごしたりもしていたのだが。
彼女から仕掛けることはそうなくても、突っ掛かってきたボクの部活仲間を軽く突き放すくらいには、定位置を譲らなかったことを思い出す。
今の彼女は、ボクの仲間にそんな態度をとることもない。



「なまえは…」



興味を失ったかのような行動に、感じるものがあった。
自分は好きにするからお前も好きにしていいと、言われているような気すらしてきていた。

彼女の為だけに時間を割くような真似は出来るわけがないし、幼い頃から今まで一度だってそうしようと考えたことはない。
構い倒したいわけでもないのに、もやもやと言い様のない気持ちが胸に滞ってこびりつく。



「誠凛の仲間には甘いですよね」

「んー…?」



小さな弁当箱とデザートらしきカップを二つ、ベンチに並べる彼女の喉から、まだいくらか微睡みを引き摺った声が上がる。
それに対して、ちらりと前髪の間から向けられた瞳はしっかりと目が覚めたもので、こちらを面白がる色を湛えていた。

まぁねぇ、と。機嫌よさげに口角が上がる。
日の光を浴びた髪は彩度を高めて、輝いて見えた。



「テツヤが信頼してる仲間だし…人間性も、歪んだ人いないみたいだしね」



元より、余計な口出しする気はないし。

肩を竦めて口にする彼女の手は、澱むこともなく昼食の準備を進める。
本心からの言葉だろう。ボクの周囲環境まですんなりと受け入れてしまったなまえに、喜ぶところで喜べない。おかしいのはやはり、ボクの方だ。



「…好きですか」

「そうだね、テツヤがね」



険の籠ってしまった声に答える彼女は笑いながら、ボクの前へとカップを一つ差し出す。
白い色の柔い固体がふるりと表面を震わせる。彼女得意のバニラムースに手を伸ばそうとすると、デザートだと窘められた。



「まーた拗ねちゃって」



以前ほど周囲へ威嚇しなくなった幼馴染みは、楽しげににやりと口元を歪める。
普通なら目にも留めてもらえない、分かりにくい人間と評されているようなボクの不安も不満も、なまえだけは昔からいつも見透かしてくれていた。

今だって、本質は変わらないのだと、言葉と表情で的確にこの胸を撃ち抜く。



「嫉妬しなくても独占しなくても、ちゃんと好きよ」



誰かに見せつけるための気持ちでも立ち位置でも、ないでしょう?

ごろごろと喉でも鳴らしそうなしたり顔で、頬を刷り寄せては囁いてくる声は、鼓膜を甘く震わせて溶け落ちさせようとしているようだった。






ひだまりのねこ




入れ込んで、振り回されて、それでも傍にいたくなる。
我儘な猫に気に入られてしまえば、嵌まってしまうのは飼い主の方だ。

20130405. 

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