物心がつくようになった頃から同じ夢を見続けていることに気が付いたのは、そう年を重ねない内のことだったと思う。

正確には同じものを繰り返しているわけではなく、変わらない登場人物がいつも似たようなやり取りをしているだけの夢だ。
毎日夢を見たりは勿論しないし、期間が開く時はそれなりに開いているから、最初の頃は違和感も殆ど覚えなかった。

内容は至ってシンプルで、中学生か高校生か、それくらいの年齢の男女が仲睦まじく向かい合って楽しげに会話に花を咲かせている、たったそれだけ。その間、女子に比べて二回り以上大きな男子が嬉しそうにお菓子を頬張っているのが印象的といえば印象的だった。
たまに顔や頭を撫で合って、頬を染めては表情を綻ばせる。ふわふわ、柔らかくて温かい空気が漂っていて、楽しそうで美味しそうで、幸せそうだった。

普通の人は同じ夢を何度も見たりしないと知ったのは、小学校の低学年くらいだったと思う。気持ち悪いだとか変だとか、夢の話を聞いた友達に言われた言葉が胸に突き刺さった。
元々頭の作りはそこまで悪くないから、薄々気付きかけていたことではあったけれど。それでも、悲しくて悔しくて、うまく伝えられないことに歯痒い気持ちを抱えたことを覚えている。

不思議な夢なのかもしれない。変ではあるのかもしれない。
けれど、悪いものなんかでは決してない。だって夢の二人は、幸せな人が浮かべる顔をしていた。これ以上ないくらい、相手が、その時間が大切なのだというような目をしていたのだ。

誰かに話したところで理解されないことは解った。二度と否定されたくなかったから、その日から夢の話は人に話さないことに決めた。
そう決意して年をとっていくにつれて、だけれど今度は新たな事実に直面することになる。

鏡に写る自分の姿が、夢の中で見続けてきた姿に近付いていくことに、気付いてしまったのだ。身体の特徴は顕著なもので、彼らの身に付けていた制服も街を歩けば見掛けるものだと知ってしまった。何度も夢に見ていれば服の形の細部まで覚えられたから、間違いない。

あれは自分で、あの空間も存在するのだ。
ここまで来ればもう、現実でも夢を見てしまうのはおかしなことではなかった。



『それは運命の人かもしれないね』



まだ母親の腰の辺りまでしか頭が届いていなかった頃、同じ夢を見ることを一度だけ口にしたことがある。
それを聞いた母親は気味悪がることもなく、もしかしたら、と笑った。

冗談めかしたそんな台詞を捨てきれずにいたから、鏡の中の自分に背中を押されるように、夢の中の彼らと同じ制服の学校を選んだ。
あれが自分だと解ったら、もう止まることはできなかった。

眺めるだけでは満足できないほど、ずっと憧れ続けていたのだと思う。
触れたことのない独特の空気と、仕種や表情から伝わる想いに。誰かと幸せを分かち合うことに、あんなに愛しげな笑顔を向けられることに、文字通り夢を見ていた。

運命の人なんだ。きっと、絶対に。ああなることが決定付けられた未来なんだ。
大好きな人といられる時間はお菓子よりも甘くて幸せなもののはずだ。考えれば考えるほど深みに嵌まり、夢から覚めても焦がれずにはいられない。

ああ、早く会いたいなぁ。
早く会って、ずっと会いたかったよ、大好きなんだよって、言いたいなぁ。

きっと近くにいるはずだけど、隠れん坊でもしているように見つからない。何処にいるんだろう。



(お腹すいたなぁ…)



今か今かと運命の出逢いを待ち受けている間も、夢の時間を思い出しては欲して、隙間だらけの胸を鳴かせた。

思春期ということもあってたまに好意を打ち明けてくる異性もいたけれど、待っている相手じゃなかったから興味は湧かなかった。
好きな人がいるから、他の誰かなんて好きになれないから。そうやって振り切りながら、埋まらない寂しさをお菓子で埋める日々を過ごして。
一人で味わっても夢の中の自分ほど幸せな顔にはなれなかったけれど、いつか会えたら沢山話して、沢山一緒に美味しいものを食べようと、そんな風に思いを馳せるのは悪くなかったから。

それだけでも結構、幸せではあった。
夢見心地の、恋をしていた。







お菓子の要塞、または監獄




でもやっぱり、現実で搗ち合う方がずっと幸せなことだと思い知らされる。



「みぃつけた」



すれ違った瞬間に気付いて、すぐに振り向いて細い腕を捕まえた。
驚きに目を丸くして見上げてくる顔は、これまで飽きずに見つめ続けてきたものと瓜二つ。膨れ上がった歓喜が爆発して、自分の顔がこれ以上なく弛むのが判った。

やっと見付けた。やっと会えた。運命の人だ。
笑顔以外は見たことはなかったけれど、驚いた顔も強張った身体も、やっぱり可愛いと思う。抱き締めたくなるのをまだ早いからと堪えて、視線を合わせるように背中を曲げる。
びくりと跳ねた彼女の肩に、小動物みたいだなぁ、なんて少し思う。



「あんまり見付かんないからいないのかと思ってちょっと焦ったんだけどー…でもいいや。やっと見つけたし、なまえちん」

「……え…?」



もしかしたら会うことはできないのか、夢は夢でしかないのか、不安に思うこともなくはなかった。
けれどこうして目の前に現れてくれた今、そんな過去の不安は吹き飛ばされた。



「ずーっと会いたかったんだよ。もう隠れん坊はやめてね。なまえちんちっちゃいから探すの大変なんだよ」



ああ、でも、何処かにいるんだったらオレは何時までも、いくらでも探すんだけど。

おかしいくらいテンションが上がって、だらしなく顔が弛んでいく。それに比例して驚愕から戸惑いに、彼女の表情も変わっていく。
だけどそんなちょっとしたことは、幸せの絶頂期に突入した頭では特に気にならなかった。



「な、に…言って…何で、私の名前……?」

「何で?」



不可解という顔を傾げる姿も、可愛い。
真似るように同じ方向に首を傾げて、舞い上がった脳内から疑問に対する答えを引き出す。



「ずーっと好きで、見てたから。自然と覚えるし…あ、でも苗字は知らないかー」



だってオレ達、ずっと一緒だったでしょ?
運命の人だもん。名前くらい知ってて当たり前だよね。

なんて、夢のオレがあんまり大好きだっていう風に呼ぶから、染み付いちゃっただけなんだけど。



「え? と…あの…私、初めて、会いましたよね…?」

「んー? そーだね、初めてちゃんと会えてすげー嬉しいし。やっとオレも一緒にいられるからね。これからはたくさんオレと話して、オレとお菓子食べて、一緒にいようね」



硬直する彼女の頭に、空いていた片手を乗せながら笑う。こんなに会えただけで嬉しい気持ちになるなら、一緒にいたら脳みそまで溶けてしまうかもしれない。

それも悪くはないかなぁ。
でも、すぐ終わるのは嫌だ。あっちの二人に負けないくらい幸せな気持ちを味わわないと、割りに合わない。
何せ、十年以上焦らされてきたのだから。



「まずはフルネームから教えてね」



揺れて震える瞳を覗き込んで、胸の穴が塞がれて満たされる感覚を味わいながら、簡単に掴めそうな小さな顔に手を滑らせる。

もう、絶対離れないからね。

見つけたからには二度と逃がさない。
口に出さない言葉を悟ったように、震えた頬に愛しさが増した。

20140306. 

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